三 探索

1

 朱華と雪乃丞を除いた三人は、恐らく大広間として使われていたのであろう部屋で座って待っていた。


「すまないね、待たせてしまって」

「良いんだよ、謝る必要はない。とりあえず、好きなところに座って」


 申し訳ないと思う気持ちはそれほどなかったのだが、何も言わずにいるのは無礼だと思ったので、朱華は形式だけの謝罪をしておいた。

 真幌はそれがわかっているのか、あっさりとした答えだけを寄越してきた。謝る時間があるのならさっさと座れ、ということなのだろう。笑顔なので印象は悪くないが、思いの丈を口にしていたのならえらく感じが悪い。

 朱華は少しの間室内を見回してから、真幌から見て斜め前の辺りに移動して腰を下ろした。移動中に、すっかり身なりを整えた和比古からわかりやすく睨まれたのはご愛嬌だ。


「皆揃ったね。それじゃ、これからの方針について話し合うことにしようか」


 朱華が腰を下ろしたのを確認してから、真幌はにこやかに切り出した。

 雪乃丞は相変わらず真幌の側に侍り、鋼のように堅い顔付きで一同を見張っている。途中退室は許されなさそうだ。


「ボクたちはこの屋敷のものを整理するために此処までやって来た。まあ、ボクが連れ出したようなものなのだけれどね。そういった訳だから、これからこの屋敷にあるものを手分けして整理していこうと思う」

「なるほど。それで、具体的にはどうするのだい?」


 朱華が相槌を打つと、真幌は待ってましたと言わんばかりに雪乃丞へ目配せをした。すると、彼は直ぐ様懐から何かを取り出す。


「お前たちには、三手に分かれて物品の整理を行ってもらう。ボクと雪乃丞は衣類や身に纏うもの──武具を含む着用品。和比古とその従者には、家具や日用品。そして朱華には、書物を担当してもらう。お前たちには屋敷の各所を巡って、使えそうなものを集めて来て欲しい。損壊の激しいものは、もとあった場所に置いておいて構わない。集めたものは、わかりやすいように此処まで持ってきてもらうか、動かすのが難しければある場所までボクを呼んでくれると助かる。此処にこの屋敷の間取り図があるから、各々で参考にしてくれ」


 どうやら、雪乃丞が取り出したものはこの屋敷の間取り図のようだ。わざわざ三枚あるところからして、これまでの時間を用いて突貫で記したのだろう。ご苦労なことである。

 真幌は一同を見渡す。各人にそれぞれ視線が向けられる。


「無理はしなくて良いけれど、だからと言って手抜きは感心しない。皆、やるからには真面目に取り組んでね」

「それで、俺たちに利はあるのか?」


 言い様のない威圧感を醸し出す真幌に口を挟んだのは、今までむすりと黙り込んでいた和比古だった。

 たしかに、彼の言う通り、これまでの話だと巻き込まれた面々はただ働きをさせられるに過ぎない。真幌が実家にこのことを伝えていたのならともかく、熾野宮邸の探索及び整理は彼の独断なのだ。これでは、お呼ばれした者たちがどれだけ真面目に働いたとしても徒労に終わるのみである。

 和比古からの言及に、真幌は暫しきょとんとしていた。しかし、動揺する様子は一切なく、彼は落ち着いた口調のまま答える。


「あるよ。とんでもない、それこそ願ってもなかなか手に入らないような褒美を、お前たちに与えよう」

「ほう、それは一体何だ? この廃墟には、それだけ値打ちのあるものが隠されているとでも言いたいのか?」

「うーん、そうだねえ。そうとも言えるし、そうとも言えないかな。ボクがお前たちに与えるのは、形のあるものではないからね」

「……? 形がなければ、与えるものも与えられまい。お前は何を言っているんだ?」


 何処か曖昧な真幌の言葉に、和比古は形の良い眉を潜めた。隣で居心地悪そうに座っている平太も、何が何だかわからないといった顔をしている。

 真幌はその薄い唇に弧を描いた。三日月のような曲線を描くそれは、和比古の問いに応じる答えを紡ぎ出す。


「──地位だよ、和比古」

「……は?」

「ボクからお前たちに与えるもの。それすなわち、これまでの自分よりも高位に座することの出来る地位だ」


 真幌の口調は落ち着いた風であったが、彼は明らかに興奮していた。

 白い頬は上気し、目は爛々と輝き、声には熱が混じる。まるで熱にでも浮かされたかのような様子である。

 これには、問いを投げた和比古も呆気にとられる他ない。そんな彼を差し置いて、真幌は熱弁をふるった。


「ボクが求めていたのは、熾野宮邸でしか存在し得なかったとある地位だよ。それは外界に持ち込まれることはなく、この閉鎖的な山中でしか存在しなかった。故に、熾野宮の名はただの一族であり続けられたんだ。しかし、そのままではせっかくの威光もこの山中でしか発揮されない。一族の中でしか、その地位は確立しないんだ!」

「おい、白木院。お前は一体、何を必要としているんだ?」

「それはまだ言えない、言えないんだよ和比古。ボクはそれを手にするまで、それが現実にあり得るものかを知らない。だから、此処で探すんだ! それが現実のものであったなら、ボクは今のボクというさなぎから孵化ふか出来る! それだけの価値のあるものが、この屋敷には眠っているんだ! 存在が認められぬ限り決して口に出してはならない秘匿性を帯びた、未知なる至宝がねッ!」


 恍惚とした表情をしながら、真幌は我が身を抱き締めてぶるぶると震えた。艶めいた吐息が彼の唇から漏れる。

 真幌の目は、最早和比古の姿を捉えてはいなかった。彼は何処か遠く──それこそ、今は存在しないかもしれないものに熱視線を送っているようだった。

 その場には何とも言えない空気が流れる。

 これまで冷静沈着な態度だった真幌が此処まで興奮しているのだ。誰もが、彼にどのような言葉をかけて良いのかわからずに戸惑っているのだろう。


「──とりあえず、だ。貴様らにはこの屋敷に納められている物品を整理してもらう。何かあれば真幌様か俺まで言うように」


 こほん、とわかりやすく咳払いをして、雪乃丞が話を締め括る。今の真幌ではまともに話が出来ないと察しての行動のようだ。従者というものも大変である。

 話が終わったとなると、これ以上此処に留まっている理由もいらない。

 和比古はふん、と鼻を鳴らしてさっさと退室してしまった。その後を、間取り図を持った平太が慌てて追いかけていく。

 朱華も立ち上がって間取り図を手に取る。そして、未だ興奮冷めやらぬ様子の真幌をちらりと見た。


(こうして見ると、何だか可哀想にも見えてくるな)


 真幌は畳の上にぺたりと、女性のような座り方でへたりこんでいた。あれだけの熱弁をふるったのだ、力が抜けてしまったのだろう。

 しかし、その表情は蕩けるように甘美で、それが一層背徳感を漂わせていた。もしも真幌が遊郭で身でも売っていたのなら、数多くの客をその表情だけで骨抜きにしていたに違いない。

 憐れみを感じているうちに退散しなければ。そのうち我が身にも危機が及びそうなくらいの美貌から遠ざかるべく、朱華もまた物品の整理をするため大広間を後にした。

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