×××の回想
壱
物心ついた頃から、彼はその血を残せとだけ言われて育ってきた。
彼はまだ年端もゆかぬ少年だった。当然、生殖を行うにはまだ早すぎた。
だが、彼の父は必死だった。何としてでもこの家の跡継ぎを残さねばならないと、躍起になっていた。
彼は、父が老境に差し掛かった頃にやっと産まれた子であった。
たった一人の、この家の血を継ぐ者。それゆえに、父は焦っていたのだろう。自分が生きているうちに孫の顔を見なければと、ただそれだけの思いに取り憑かれていたのだろう。
彼に遊興の時間は与えられなかった。昼間は武術の修行に学問の手解き、夜になれば使用人を用いた子の作り方を目の前で見なければならなかった。
幼心のままに、彼は気持ち悪い、と思った。
武術や学問ならばまだわかる。それは生きていく上で役に立つことだとわかっているからだ。
だが、子作りということだけは、どうも重要性が感じられなかった。ただ、それを強いられているのだと思うだけで吐き気が込み上げた。
目の前で汗ばみ、吐息を漏らす男女を、いつも彼は空っぽの目で見下ろしていた。
いつも同じ男女が行為に及ぶ、という訳ではなかったが、生殖行為そのものを厭っている彼からしてみればどれも同じように見えた。
どうしてこのようなことをせねばならないのだろう。男も女も、獣のように盛り合って、何が楽しいのだ。昼間は理性的な行動を求めてくる癖に、夜になれば理性の
何故、と父に聞いたことはない。聞くことなど出来なかった。
父はいつも遠く離れた部屋にいて、顔を合わせることなど催事の時くらいのものだった。彼にとって、父は親というよりも、遠いところにいる自分に指令を与えてくる人間でしかなかったのだ。
毎日、使用人たちからは血を残せとしきりに耳元で囁かれる。あなた様はこの家の次期当主なのだから、と。そのために、血を残す手段を全て体に叩き込め、と。彼は飽きる程そんな言葉を浴びせられた。
所詮、自分はこの一族の血を残すためだけに生かされているのだ。そう彼が気付くまで、多くの時間はいらなかった。
今日も明日も、狭い部屋や道場に閉じ込められて、当主になるためだけに生かされる。外の景色など、まともに見ることもないままに。
彼にとって、窓から見える景色など全て同じように見えるだけだった。
外の景色が変わったところで、自分の見る世界は変わらない。ならば、外界の変化に意味はない。
寝て、起きて、稽古をして、食事をして、閨事を見せられて、体を洗って、寝る。
繰り返し、繰り返す。完璧な当主になるために、彼は変わり映えのない一日を繰り返す。
何故、当主になり、血を残さなければならないのか。何故、自分は生きるのか。それらを、全く知らないままに。
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