119話 A place of learning where the sun shines
「──て、ここ……に?」
シェリルの声が、虚空に溶ける。
先ほどまでラルグと戦い、そのあとにマリオネット・トルーパーたちの戦闘が行なわれるはずだった。
しかし、あのときに現れたフード姿の青年が助けてくれた。あの絶望的な状況で、転移魔法を発動してくれたのも彼だ。
しかし、光が収まり、視界が戻ったときには青年の姿はなかった。
聞きたいことは山ほどあった。だというのに、会話をする
だから今、この場にいるのだ。
岩に囲まれ、様々な色が飛び交う戦場でない。
眩い光がおさまり、まず視界に飛び込んできたのは大理石が敷き詰められた部屋。
正面にある巨大な窓から差し込む光が、先ほどまでとは違う場所に帰ってきたのだと自覚させられた。
そして、次に視界に映ったのは陽光に照らされて輝く、ウェーブがかった青髪だった。
「みなさん、おかえりなさい」
ユーリ=カロッサが、穏やかな声音で出迎えてくれた。
出発したときと変わらない、優しい笑みを浮かべて。
状況が状況だっただけに、彼女の笑顔が心地よかった。
この部屋の所有者である彼の姿が見当たらないのが気がかりだが、ここは間違いなく学園長室だ。
疑問や不安は残るが、今はただ無事であることを喜んだほうが良さそうだ。
「成功、したみたいですね」
「はい……!」
シェリルの声には、確かな喜びが込められていた。
全てが実を結び、結果へとたどり着いた。その事実を噛みしめていたのだ。
ユーリが、帰ってきた生徒たちに視線を送る。三人で出発した生徒たちが、四人で帰ってきた。
彼女が四人の揃った姿を初めて見たのは、ちょうどシェリルがリチャードとの戦闘で負傷をしたときだった。
入学式早々ひとりの少女が、貴族の男子生徒に啖呵を切り、治療のためにユーリのもとへとやってきた。
リチャードの父である人物がクリストファー、ということを知っていても肝が冷える話だ。
報復される可能性だってじゅうぶんにあった。
だからこそ、この先どうなるのかとヒヤヒヤしたのを、彼女は今でも覚えていた。
会って間がないにも関わらず、どこか息の合った四人。
あの頃は未熟に感じられた少年少女が、今ではたくましく見える。
思い返せば、リチャードのときだってそうだ。
全力でぶつかり、わだかまりを断ち切ったうえで、友だちになってみせたじゃないか。
彼女たちは、いつだって自分たちの予想を越えてきた。
アリサがライオアクティス王国を去ってからおよそ一ヵ月。
ひどく懐かしい光景のように感じるが、ユーリもこの光景を望んでいたのだろう。口の端をさらにあげる。
「おかえりなさい、みんな」
ユーリに続いて、坊主頭の男性──ブルーノ=ドロワットが歩み寄った。
この場にいたのは意外だったが、最初に三人を送ってくれた彼と、こうして会えたのは喜ばしいことだった。
クレインの表情にも、自然と笑みが浮かんでいた。
「師匠。俺、やりましたよ」
「よくやったじゃない。流石はアタシの弟子、ってところかしら」
師匠へ向け、拳を向ける。
ふたりは拳を合わせ、互いの思いをぶつける。
体勢を変えぬまま、クレインの瞳には僅かに雫が浮かんでいた。
鍛錬を思い出してか、悲願を達成したからか。
それは彼本人にしか知りえぬことだった。
そんな彼の思いを知ってか知らずか、クレインの体を抱き寄せた。
「……本当に、ありがとうございます」
クレインの表情は細く、それでいて力強い体に隠れて見えない。
しかし、彼の震える声が。震える体が。彼の抱えているものを物語っていた。
「アタシがやったのはあくまでも送り出すまで。結果は全部あなたがもぎとったことじゃないの」
軽くため息をもらし、ブルーノが抱擁する力を強めた。
彼の優しさが、熱となって伝わってくる。
鍛錬のときには何度も彼に渾身の拳を叩き込んだし、何度も気絶させられた。
あの厳しさがあったからこそ、今こうして大切なものを守ることができた。
それもこれもブルーノのおかげだが、彼はあくまでもクレインが成したことだと主張する。
改めて、クレインはこの場に無事で帰ってきた安心感がこみ上げてきた。
「ま、ひとまずお疲れ様。今日はゆっくり休みなさいな」
ブルーノがクレインの頭に手を置く。
その手はひどく優しく、暖かいものだった。
気分も少しは落ち着いたのだろう。クレインがブルーノの体から己の身を離し、目元を拭う。
帰還し一件落着、と思われたがクレインの表情は決して明るくはなかった。
「俺たちは帰ってこられました。けど、クリストファーさんたちは、まだ戦ってるんですよね……」
短い間ではあったが、戦場で時間をともにした。
魔導団の彼らは、いまだにマリオネット・トルーパーの面々と戦っているはずだ。
ほんの僅か手を合わせただけだが、個々が相当な実力を持っている上に凄絶な威力をもった武具を扱う。
自分たちは運よく非難できたが、あのまま真正面からぶつかっていたら、万全の状態だったとしてもどうなっていたかわからない。
「大丈夫ですよ、あの方たちは強いです。これまで何度もこの国を守ってくれました。それは、みなさんがよくわかっているんじゃないですか?」
ユーリの言葉で、クレインは自覚する。
あの桃髪の少女から守ってくれた、クリストファーの姿。
クレインたちを部下と言い、傲然たる雰囲気を纏った彼がそう簡単に敗れるとは考え難い。
それに、あのときに見た青一色で埋め尽くされた光景。
魔導団の面々が描いた景色は、まさに彼らの強さを象徴したものだった。
クリストファーの部下である彼らもまた、間違いなく強者だ。
彼らを間近で見た自分たちが、弱気になってどうするというのか。
今はただ、クリストファーたちを信じるしかないのだろう。
「あの、レナートさんとレイフさんはどこへ?」
先ほども抱いた疑問だ。
この場を出発してから、ほとんど時間は経過していないはず。
当然ふたりもこの場にいるものだと想定していただけに、ヴァンが不思議に思うのはごく自然なことだった。
「おふたりは別件でこの場にはいません。大丈夫です、じきに帰ってくると思いますよ」
ユーリが答え、いつものように柔和な笑みを浮かべているようだが──なぜだろうか。
彼女の表情には、僅かに陰を感じた。
〝大丈夫〟といったユーリの言葉は、まるで自分自身に言い聞かせているようにも聞こえた。
「ユーリ、先生?」
「おそらく、帰ってきたらおふたりからもお話があるかと思いますが、今はゆっくり休んでくださいね」
シェリルの疑問を断ち切るように、ユーリがぱんっと手を叩いて言葉を続けた。
今は激戦を乗り越え、疲労困憊だ。
短い時間であったとはいえ、非常に密度の濃い戦闘をした。
今この場で休んで構わない、と言われたら眠りに落ちられるほどに。
ユーリの言葉に従い、今は体を休めるのが先決だ。
一同が解散しかけたそのとき。
しかし、この場で納得していない人物がひとりいた。
「ま、待ってください!」
空間に、叫び声が響いた。
みなの視線が、茶髪の少女へと集まる。
なにか胸の内に抱えているにも関わらず、明るく、そして気丈に振る舞ったユーリ。
とてもなおざりにして良いものではない気はしていたが、彼女の強さが踏み込むことを許してはくれなかった。
レナートとレイフの身になにかあった可能性がある。
確かに無視できないことだが、ユーリが口を閉ざしている以上余計な詮索をするわけにはいかない。
今は彼らの無事を祈り、彼女から直接語られる日を待つほかないのだろう。
しかし、これだけは譲れなかった。この疑問だけは、今この場で清算する必要があった。
「アリサ、今知ってること……全部話してもらえる?」
決意のこもった茶色の眼差しを、アリサへと向ける。
サリーレを出発する前、シェリルはアリサと全て話をして仲直りをする、と言った。
実際彼女と再会を果たしたわけだが、まだきちんと話ができていなかった。
実際、驚いていたのはその場にいる全員だった。
アリサでさえ目を見開き、驚きをあらわにする。
しかしすぐに肩をすくめ、困ったように笑う。
「大丈夫、最初からそのつもりだったから」
ユーリは『いいんですか』と、シェリルにかけそうになった言葉を呑みこむ。
アリサの言葉を聞けば、辛い現実に直面してしまうかもしれない。
だからこそ、今彼女に聞くのではなくレナートとレイフのふたりが揃ったタイミングで、と口にしたのだ。
しかし、魔法学園出発前に聞いた彼女たちの覚悟を知った。
友を──アリサのことを、全て受け入れるつもりで鍛錬に臨み、そしてこの場を出発した。
そんなシェリルたちに大丈夫か、などと問い掛けるのは彼女の決意を無碍にしてしまう行為と同義だ。
人のことを言えないな、とユーリは小さくため息を零した。
「でも、シェリルに聞かれるなんて思わなかったなあ。ちょっと意外かも」
言いながらも、アリサは穏やかな笑みを浮かべていた。
まるで、シェリルに問われることを待っていたかのように。
アリサが小さく息を吸い、軽く息を吐いた。
彼女なりに覚悟を決めたのだ。みなに、全てを打ち明けるための覚悟を。
「みんなごめん。少しだけ、私の話を聞いてくれる?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます