終わりのモノローグ

薫衣そよ

終わりのモノローグ

 夏の夜の雨は、どうして人をこんなにも悲しい気持ちにさせるのでしょうか。


 生きる事に、疲れました。もう今日を最後に、一切合切を終わりにしようと思います。

 親から受け継いだ血は、今日のうちに絶えることになるでしょう。


 窓の外は雷雨。夏の憂鬱を一か所に集めたかのように、自室の中は薄暗く、嫌な湿り気を帯びていました。部屋のブレーカーを落として、水道も出しっぱなしがないか、戸締りは万全かをすべて確認して、一息ついたころには、じっとりと額に汗がにじんでいました。不快感が溜まる一方、同時に、やっと一切のしがらみから解放されるという安堵感もふつふつと高まってきました。

 とは言え、今直ぐ死のうと決心したものの、私は暫く、雨音をただ座って聞いていました。雨は嫌いです。確かに嫌いなのですが、感傷に浸るという点では、存外良いものなのかもしれません。


 私は、人から優しい人だと言われることが苦痛でした。

 私はそう呼ばれるに値しない人間です。私は人からそう呼ばれるたびに、激しい自己嫌悪に陥り、ひどく憂鬱になるのです。


 私の父はひどい癇癪持ちで、昔から、なにか気分を害すようなことがあると直ぐに私に当たってきました。酷いときは暴力も受けることがあったので、父が家にいるときは、父の顔色を窺って過ごさねばなりませんでした。

 そんな環境に居たので、私は人の顔色を窺いながら、人の気分を害さないように気を利かす生き方を身に着けるほかなかったのです。


 だから私は、決して優しい人間なんかではありません。

 私は少し気が利くだけの、性悪なのです。


 私は父が嫌いです。父のような、短絡的で理不尽な怒り方をする人が嫌いです。

 しかし遺伝とは恐ろしいもので、父を嫌う私も、時折父の片鱗を見せてしまうことがあるのです。疲れているときや、イライラしているときに気を抜いていると、私は人に強く当たってしまうのです。父への嫌悪は、同時に私自身への嫌悪でもあるのです。

 私が父の性格を受け継いでいると気付いた時から人との交流を絶って、陰で静かに暮らせばよかったのですが、たとえ心に鬼を宿していたとしても、私は人並みに人肌が恋しかったのです。


 自ら進んで人と関わりを持ち、そして人を傷つけてしまう。その繰り返しで、私は自己嫌悪を極め、次第に孤独になっていきました。今となっては、私を優しいと評するものは誰も居ません。


 私はおもむろに立ち上がり、窓のカーテンに手をかけ、ゆっくりと左右に開きました。

 この雨の中、私の住む都市はどうなっているのかを、見てみたかったのです。

 外は相変わらずの豪雨で、都会の無機質なビル群は灰に濡れています。いつもは活気に満ちているここの通りも、薄暗く夜の闇に沈んでいます。時折雷が走ること以外は、憂鬱な雨が降っているだけの景色でしたが、なぜだか見ているだけでぽろぽろと涙がこぼれてきました。

 できる事なら私も、雨で洗い流されて、綺麗に生きたかった。

 そう、思いました。そう思ったら、またとめどなく涙が溢れてきたので、私はそっとカーテンを閉じました。


 いっそのこと、父のように、自分が元来持つ特性に染まり切ってしまった方が幾分か楽だったのかもしれません。あの雷のように、気の赴くままに感情を爆発させるような――。

 そこまで考えて、私は涙で濡れた自分の頬をつねりました。

 私は父のように、性悪に染まり切れません。染まり切れないからこそ、自身の持つ性格に苦しみ、こうして今から自殺をするわけです。

 自殺は、完全に父でないことの証明でもあるのです。


 空きだらけの本棚の、一番下の段の端っこに、隠すように置いてあるガラス瓶を手に取りました。これには、数か月間、寝不足気味と偽って医者から貰い続けた睡眠薬がたっぷりと入っています。

 それの蓋を取って、ふっと一息ついてから一気に口の中に睡眠薬を流し込みました。


 それでは、私が傷つけてしまった人達へ、ごめんなさい、さようなら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

終わりのモノローグ 薫衣そよ @kunue_soyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ