第67話 (3)インターハイ1回戦

 ついにインターハイの日がやってきた。

 今年は隣県であるB県でインターハイが行われるため、S高校からの応援団も大勢駆けつけてくれることになっていた。


 河上先輩の運転する車に乗せてもらい、剣道の試合が行われるB県立武道館に到着したおれは、押し寄せてくる緊張感と戦いながら試合前の準備運動を行っていた。


 S高校剣道部員たちは応援席に『花岡ファイト!』などといった垂れ幕を下げたりと応援の準備に取り掛かっている。


「ついにここまで来たね、花岡」

 応援の準備から抜け出してきた高瀬が、柔軟運動をしていたおれに近づいてきていう。


「そうだな。今年もまたインターハイに来れた」

「隼人、いるかな」

「いるだろ。あいつがここへ来ないわけがない」

 おれはそういって、東京代表と書かれた応援席へと目をやる。


 その応援席には見覚えのある制服姿の連中が大勢いた。

 神崎の学校である東京M学園の制服だ。やっぱり来たか、神崎。

 おれは心の中で呟き、今年こそ、絶対にお前を倒すと誓った。


 トーナメント表が発表された。

 おれはトーナメント表の中から自分の名前を探し出し、対戦相手の名前を見た。

 対戦相手は秋田県代表の南部という三年生だった。

 どんな相手であるかはわからないが、油断は禁物だ。


 そして、トーナメント表の同じ枠の中から、東京代表である神崎隼人の名前も見つけ出した。

 お互い順当に上がっていけば、準決勝でぶつかる。


 なるほど、ここが事実上の決勝戦か。

 おれはそんなことを思いながら、トーナメント表の書かれているパンフレットを閉じた。


 そこからは自分でも信じられないぐらいに集中が出来た。

 まるで世界の音が消えてしまたのではないかと思うぐらいに、周りの音に心を乱されることもなく、おれは一回戦の会場へと向かった。


 対戦相手となる秋田県代表の南部陽介は198センチという長身の選手だった。

 こいつは上手く間合いを取らないと、打ち込まれるな。

 おれはそう判断して、素早い動きで相手を翻弄しようと作戦を練った。


「それでは、はじめっ」

 審判の声で試合がはじまる。S高校応援席からはおれに対する声援が上がった。


 おれは正眼に構えて、竹刀の先を上下させながら南部を揺することにした。


 いつ飛び込んでくるかわからない。

 そう警戒したのか、南部は中段に構えたまま、なかなか動こうとはしなかった。


 向こうがこないのであれば、こっちから行く。

 おれは床を蹴って、一気に間合いを詰めた。


 頭上に竹刀が振り下ろされてくる。

 しかし、それよりも先におれの竹刀が南部の胴を打っていた。


「胴あり、一本」

 まずは先制。

 もう少し踏み込みが遅ければ、あの頭上に振り下ろされた竹刀の餌食になっているところだった。


 あの踏み込みを使ってみる価値はあるかもしれない。

 おれは一週間前に平賀さんから伝授された踏み込みを使うかどうか迷っていた。

 もし、いまあの踏み込みを使って、神崎に見破られでもしたら元も子もない。

 まだだ。使う時はいまじゃない。

 おれはそう自分にいい聞かせて、構えを直した。


 先に一本を取られてしまった南部は焦っていた。

 入りの浅い面打ちや小手打ちを仕掛けてくるが、どれも一本にはならないものばかりだった。


 おれは動き回ることで南部を翻弄して、南部を疲れさせることに成功した。

 スタミナの切れてしまった南部は動きを止め、肩で息をしていた。

 そろそろ、止めを刺してやるか。

 おれは大きく踏み込み、飛び上がるようにして南部の面に竹刀を振り下ろした。


「面あり、一本」

 場内が沸いた。S高校陣営はおれの勝利を喜び、会場は20センチは身長の違う大男に対して、飛び上がりの面打ちを決めたおれに驚きの拍手を送ってくれた。


 無難に一回戦を勝ち上がったおれは、自分の席に戻りスポーツドリンクで喉を潤した。


 おれが一回戦を戦っているのと同じ頃、神崎も一回戦を戦っていた。

 相手は福岡県代表の秋月というやつだった。

 同じ時間帯に試合が行われていたため、神崎の試合を見ることはできなかったが、神崎も二本先取して二回戦へ進出を決めていた。


 このまま行けば、準決勝で神崎とまた戦える。

 去年の借りは返させてもらうぞ。

 おれは二回戦進出者のところに書かれた神崎の名前を睨みつけながら、心に誓った。

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