第48話 (3)夏休みの出稽古2
河上先輩の案内で体育館へ向かうと、体育館から威勢の良い声が聞こえてきた。
声は女性のものだった。どうやら、女子剣道部も体育館で練習しているらしい。
もしかしたら、佐竹先輩が剣道をやっている姿がまた見れるかもしれない。
おれは嫌な予感なんかどこかに忘れてしまい、心を躍らせながら体育館の入り口へと急いだ。
体育館では、三十人近い女子剣道部員たちが打ち込み稽古を行っていた。
女子だけでこんなに人数がいるんだから、男子はもっといるに違いない。しかも、レベルも高そうだ。おれは期待を胸に抱きながら、男子剣道部員たちはどこにいるのだろうと体育館内を見回した。
「連れてきました」
河上先輩が体育館の端で車座になっている数人の男の人たちに声を掛けた。
みんな剣道着姿なので、この人たちが男子剣道部の人なのだろう。
河上先輩の声で全員の視線がこちらを向いた。
「おお、来たか」
車座の中心にいたスキンヘッドの人が立ち上がってこちらに歩み寄ってきた。
顎には髭を蓄えていて、まるで逆さ絵のような顔だった。
「この人が顧問の
紹介された田坂さんが人懐っこそうな笑みを浮かべる。
「こっちが花岡で、こっちが前田です」
「よろしくお願いします」
おれと前田は声をそろえて田坂さんに頭を下げた。
「こちらこそ、よろしく。いま、他の部員たちは夏季合宿へ行っていて、残りのメンバーしかいないけれども力になるよ」
田坂さんがにこやかな顔でおれたちにいう。
おれはその言葉を聞いた自分の耳を疑った。
いま、何ていったんだ。聞き間違いじゃないよな。
もう一度、田坂さんの言葉を頭の中でリピートしてみる。
『こちらこそ、よろしく』
そこじゃない、そのあとだ。
『他の部員たちは夏季合宿へ行っていて、残りのメンバーしかいないけれど』
おれの耳がおかしくなければ、田坂さんはそういったはずだ。
「ちょっと、すいません」
おれは田坂さんに断りを入れてから河上先輩を少し離れたところへ引っ張って行くと、いまの田坂さんの発言を問い質した。
「合宿って、どいうことですか」
「いや、だからさ……いま選手クラスの部員たちは夏季合宿へ行っているんだよ。言わなかったっけ」
「聞いていませんよ、そんなこと」
「あれ? そうだっけ」
「勘弁してくださいよ、先輩」
「そんなに怒るなよ、花岡。残っている俺たちだって、十分に強いぞ」
「本当ですか?」
「なんだよ、その疑いの目は。いま証明してやるから、さっさと着替えてこいよ」
河上先輩はそういうと、おれと前田を更衣室へと連れて行った。
更衣室に入っていくと、そこには先客がいた。
先ほど、部室にいた黒縁メガネの平賀さんだ。平賀さんは剣道着姿でノートパソコンと向かい合うという奇妙な姿で更衣室にいた。
「平賀さん、もうすぐ練習がはじまりますよ」
「わかった」
河上先輩の言葉に平賀さんは短い言葉で答えると、ノートパソコンを小脇に抱えて更衣室を出て行った。
河上先輩も平賀さんと一緒に出て行ってしまったため、更衣室はおれと前田の二人だけになった。
「なんだか妙な展開になってきたな」
「そうだな。でも、練習が出来るだけいいんじゃない」
前田が楽天的なことをいう。
おいおいなにを言っちゃってんだよ、前田。おれたちは遊びに来たわけじゃないんだぞ。県大会で勝つために、わざわざ大学まで練習をしにきているんだ。
強い大学生剣道部員がいなくてどうする。おれたちは補欠選手にも選ばれないような居残り組の剣道部員と遊ぶためにここに来たわけじゃないんだぞ。
おれは声に出さなかったものの、心の中で楽天的なことをいう前田を罵倒した。
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