Winter
第15話 (1)朝練
今朝はいつもよりも寒く感じられた。それを証拠に、体育館内にいるというのに吐く息が白い。
午前、六時半。床の冷たさに足を震わせながら、おれたちは朝練習の準備に取り掛かっていた。
まだ薄暗い時間に家を出て、日が昇ったころに剣道部恒例の朝練習へ参加する。
高校一年の冬。
寒さに震えながらも、おれの魂は燃えたぎっていた。
剣道部の人数はいつの間にか膨れ上がり、いまでは男女合わせて四十人程度の大所帯となっている。
しかし、朝練習となると極端に参加する部員数は減ってしまう。
寝坊する者、最初から来る気の無い者、朝練習に出たがために風邪をひいて学校自体を休んでしまっている者。朝練習に来ない人間の理由はさまざまだ。
おれはといえば、まだ朝練習は一度も休んではいない。
朝に強い。それも理由の一つかもしれない。
子供の頃から、祖父と一緒に朝早く起きては庭に出て寒風摩擦をしたり、近所の散歩などを行っていたためかもしれない。
朝練習は強制ではなかった。稽古をしたい人間だけが参加するというものなのだが、冬の大会が近づいてきているということもあって、そこそこ人数が集まってきてた。
まだ、まばらにしか人数が揃っていない体育館の中央でおれが素振りをしていると、高瀬が半分眠っているような顔つきで体育館へと入ってきた。
「おはようございます……」
高瀬はみんなに挨拶をしたが、声は完全に眠っている状態だった。
「おはよう、高瀬」
おれが声を掛けると、高瀬は二日酔いのオヤジのような顔をして、手を上げるだけの挨拶を返してきた。
個々で素振り練習を終えると二人一組になっての打ち込み稽古が始まった。
おれはやる相手を探したが、他はみんな組になってしまっていたため、他の部員たちの打ち込みを見ながら一人で素振り練習をやることにした。
「花岡、やる相手がいないんだったら、わたしとやろうよ」
ようやく目が覚めたという顔つきの高瀬が竹刀を肩に担ぐようにして持ちながら近づいてきた。どうやら、高瀬も女子の方でひとり余ってしまったようだ。
おれは高瀬の申し出を受けると、先に高瀬に十本打ち込みをさせることにした。高瀬がどのぐらいのレベルなのか、見てみたいという気持ちになったからだ。
「いっておくけど、手加減はしないからな」
高瀬はそういって、おれに対して竹刀を突きつけてきた。
「おいおい、これは打ち込み稽古だぞ」
おれが苦笑いを浮かべていると、強烈な胴打ちがさっそく打ち込まれてきた。
高瀬の踏み込みは速かった。
女子の中でもここまで踏み込みが早い剣士は、なかなかいないかもしれない。
もし佐竹先輩がまだ引退していなかったら、高瀬は佐竹先輩の好敵手になったかもしれない。
胴の次は小手だった。
そして、面へと次々に打ち込んでくる。
確かに打ち込みの速さには舌を巻いたが、やはりまだ剣道をはじめてから日が浅いということもあってか、打ち込みの正確さに欠けているところがあった。
おそらく、こちらが竹刀で受けの体勢に入れば、高瀬の打ち込みは簡単に弾き返すことができるだろう。
十本の打ち込みが終わると、高瀬は自分の打ち込みについてどうだったかを聞いてきた。
「なあ、花岡。わたしの打ち込みって、どうなの?」
「速さは女子の中でもトップクラスだと思うよ。ただ……」
「ただ?」
「打ち込むときの正確さが掛けているかな」
「正確さって、どういうこと?」
「面を打つにしても、打ち込む前に迷いがあるし、それに当てる場所も微妙だ。もし、試合だったら、当たっても一本を取らない審判もいるかもしれないな」
「そうか、正確さか」
珍しく高瀬は素直におれの意見を聞いた。
そもそも剣道でアドバイスなどをしたのは初めてのことだったので、上手く説明できているのかよくわからなかった。
三十秒の休憩が終わり、攻守交替して、今度はおれが十本打ち込む番となる。
「相手が女だからって遠慮するなよ、花岡。もし手抜きしたら、あとでぶっ飛ばすからな」
「はいはい」
再びおれは苦笑いを浮かべると、高瀬に対して正眼の構えを取った。
先ほどのアドバイスが高瀬にちゃんと伝わったのか不安だったので、正確さを強調するよな打ち込みを高瀬に対してすることにした。
これで上手く高瀬に伝わってくれれば良いのだが。
少し威圧するようにじりじりと寄って行ってから、大きく踏み込んで面を打つ。
正面からの面打ち、横面を狙った変則的な面打ち、左右の小手打ち、抜き胴。
おれは手本を示すように色々なパターンで高瀬に打ち込んで行った。
おれの竹刀が高瀬に当たるたびに、高瀬は目をまんまるく見開いて「おおー」などという声を漏らす。
十本打ち終わると、高瀬が面を脱いで、満足げな笑みを浮かべた。
「正確さっていうのがわかったような気がするよ。ようは、こういうことでしょ?」
高瀬が素振りをやってみせる。
おれはその素振りを見て、驚かされた。
高瀬はおれが十本の打ち込みで見せてやった、正確な打ち込みを自分の物にしていた。
こいつ、天性の素質でもあるのか。
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