ヒモ願望って、まだある?

シーペップ

第1話 2019年6月 勢い

社会人3年目になって、この会社でも激務と言われる営業も楽しめるようになってきた。もともとは企画部のほうに行きたかったけど、人が好きな自分は営業も結構合っていたみたいだ。

今日も残業・残業。しかし仕事は嫌いじゃないから別に嫌な気もしない。帰って洗濯機を回すほうが苦痛なくらい。


外回りから帰って自分の席に着くと、高科凪沙たかしななぎさはよし、と肩を回した。

今日はコレとコレとコレをやる。明日は休みだから、ギアを挙げて死力を尽くして燃え尽きても大丈夫。タスクを整理してから仕事に取り掛かる。

時刻は16時。うちの定時は17時。どうやっても1時間では終わらないけれど。



そんなこんなで何とか終電までに間に合って自宅に帰っても、洗濯する元気なんかない。明日やればいいや。そう思ってソファに倒れこんで眠ってしまった。


「あ~~~~~だれかヒモになってくれないかな」


1週間疲れ切って、土曜日に目を覚ましたのは12時。おなかは空いてるし、部屋は散らかってるし、洗濯もしてないけど起き上がるのも面倒くさい。ぼーっとしながらそんなことをぐるぐる考えていた。ベッド行きたいけど移動するのすら面倒だな。

あ、化粧も落としていない。


ヒモがいれば部屋がきれいだから汚すまいとしてせめて部屋まで移動するようになるのだろうか。

一人暮らしだけど自分の部屋が欲しくて1LDKの物件選んだのにあんま使ってないな。


別に彼氏もいるわけでもないから――こんな生活で彼氏なんかいてもすぐ別れそうだけれど―ヒモを養っても何ら問題はない。いや、やっぱりとりあえず女の子のヒモから探すべきか…!?。思案を巡らせるが、今から知り合いになるのも面倒だし知り合いで誰か養いたい。ヒモとかいうのもおこがましい、どなたか我が家の家事をやってくれる人はいないか…。


思い出した女友達の顔はみんなキャリアウーマンで、彼氏ともそれなりにうまくやっている人たちばかりだった。なんていい友人に恵まれたんだとすら思ってしまうほどに。


「仕事と結婚したーい!仕事と結婚するから、仕事くん家事やってくんないかな~!」


脳死でつぶやいた意味の分からない独り言も虚空に消えていく。


ちょっと人がいないのも寂しいかもしれない。ボケたのに突っ込んでもらえないなんて…。ますます家事をやってくれる誰かが欲しくなってきてしまった。



「そういえばあいつ、大学の時ヒモになりたい、養ってもらいたいって言ってた気がする」


思い出したのは大学時代の居酒屋バイトの同僚だった、早瀬和はやせなごみのひとこと。なんとなく仲良かったけど別に仲良くなかった男。


思い出した自分天才か!?とおもわず起き上がってしまった。


わたしたちはそれぞれ、バイト先の友達と飲むときに、だいたい途中で呼び出されるようなポジションだった。だから、誰かを入れて3人で話すことは多かったけど2人で何かをしたことはほとんど覚えてない。あまりうまく話せなかったような。むしろその間のひとりがトイレに行ってたら気まずさすらあった覚えがある。

そんな気まずい時に働きたくない、ヒモになりたい、家事ならなんだってする、と言っていたのだった。その時の私は、自分の性質が社畜向きなのを悟っていたので、よくわからんな、と流していた。どうでもいいことは鮮明に覚えているものだ。


ん~まあなんかとりあえず送ってみるか。


ほとんど会話のしたことのないメッセージアプリを開いて、3年越しにチャットを送る。


『おひさです。高科です。ヒモ願望って、まだある?』


勢いでメッセージを送って、スマホを投げ捨てて立ち上がる。

さすがに水飲みたくなってきた。

時刻は14時。考え事を2時間もしていたのだった。


立ち上がった勢いで溜まった洗い物や洗濯をしている間に、メッセージを送ったことなんて忘れてしまっていた。


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