わからないふりをする【凛】

私は、拓夢の言葉に答えられなかった。


「凛、怒ってるわけじゃないよ」


そう言って、拓夢は頬の涙を拭ってくれる。


「本当は、赤ちゃんがいなくても凛と生きていきたいって言われたかったんだよな?」


私は、その言葉に頷いていた。


「でも、その話になると私はいつも龍ちゃんに喧嘩みたいな言い方になっちゃうの。それで、龍ちゃんもちょっと苛立ってきちゃったりしてね」


「もっと、優しく言われたかった?」


拓夢の言葉に私はまた頷いた。


「私が優しく出来ないから、龍ちゃんも優しく言えないんだと思う。だけど、優しく言われたかった」


拓夢は、私を引き寄せて抱き締めてくる。


「龍次郎さんは、俺との日々に気づいてから凛に、もっと優しくなったんだろ?」


「うん。龍ちゃんは、申し訳なく思うぐらいに優しくなったよ」


「そしたら、次は何が欲しくなったの?」


拓夢の言葉に私は、口を開いた。


「次に欲しがったのは、不倫しててもいなくならないって証明だったのかもね」


「証明されたんだな」


拓夢の言葉に、私は「うん」と小さく言った。


「人間の欲って、際限ないよな」


その言葉に私は、「そうなの」と言った。


「凛は、次は何を欲しがったの?」


「次に欲しがったのは、拓夢と出会ってない日々に戻る事だった」


「戻れなかった?」


拓夢の言葉に「うん」と頷いた。


「それが、一番苦しかったんだな」


拓夢の言葉に私はまた「うん」と言った。


「何もなかったあの頃に、見ないふりをしたら戻れる気がしたの」


拓夢は、私から離れて顔を覗き込んできた。


「ごめんな。俺が、バンドでメジャー何か行こうとしたから迷惑かけたんだよな」


私は、首を横に振った。


「俺が、夢を追いかけなかったら、凛は元に戻れただろ?」


「違う、違うの」


ずっと、誰かのせいにして見ないふりをしていただけ…。私は、泣きながら拓夢の手を握りしめる。


「拓夢のせいじゃないの…」


「そんな事ないよ!相沢さんが、凛達夫婦に会いに行かなければ…。元通りだっただろ?」


「ううん」


元通りに何か戻れるはずがないんだよ。私は、その言葉を口に出せなくて、ただ首を左右に振った。


「俺がいなかった日に戻れたのに…。本当、ごめんな」


そう言った拓夢の目から涙がボロボロとこぼれ落ちる。


「違う、違うの」


口に出すと認めてしまうみたいで怖くて…。だけど、口に出さなかったら拓夢を傷つけてしまう。


「ご…」


拓夢が謝ってこようとした瞬間に私は言った。


「元に何か戻れないの何かずっとわかってたの」


「凛…」


「それでも、わからないふりをしてたの。龍ちゃんにもうこれ以上傷ついて欲しくなかったから…。でも、それはきっと表向きで…。本当は、私自身が傷つきたくなかったのかも知れないね」


私の言葉に、拓夢は「わかるよ」って言ってくれる。見ないふりを続けたかった。龍ちゃんと元に戻りたかった。


でも、無理なんだよね。見ないふりをわからないふりを大人のふりして続けていけば私と龍ちゃんは駄目になる。

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