聞かなくていいでしょ【凛】

「そろそろ行こうか?」


「うん」


胃薬を飲んで、私は服を着替えた。さっきよりも胃がキリキリと痛む。龍ちゃんは、スーツに着替えていた。


「それなら、私もスーツ?」


「話すなら、スーツかなって?」


「じゃあ、私も…」


「凛は、いいんじゃない!そのワンピースで」


そう言って、龍ちゃんは私の肩を撫でた。


「じゃあ、このままにする」


「それがいいよ」


冬物のワンピースに、私はタイツを履いた。


「つけてあげる」


そう言って、龍ちゃんはネックレスをつけてくれる。


「必要かな?」


「胸元寂しいからいいんじゃない?」


そう言って、龍ちゃんは笑ってくれた。

私は、ナチュラルメイクをした。


「行こうか?」


「うん」


私は、ショルダーバックを持ってキッチンの鞄と入れ替えた。


「大丈夫?」


「大丈夫」


そう言って、龍ちゃんと玄関に行く。玄関にあるコートかけからコートを取って着る。龍ちゃんも着ていた。

私と龍ちゃんは、家から出る。龍ちゃんは、鍵を確認してくれていた。車に乗り込むと私はスマホを取り出して、龍ちゃんに住所を見せる。龍ちゃんは、それを入力してくれてナビ開始を押していた。


「行くよ」


「うん」


そう言うと龍ちゃんは、エンジンをかけて車を発進させる。

さっきより、心臓の音が煩いのが自分でもわかる。私は、無意識に胃を擦っていた。


「大丈夫?胃薬は?」


「さっき飲んだばっかりだよ」


この痛みは、そういうのではない気がするよ、龍ちゃん。そんな私を気にして龍ちゃんは、「何か心配事?」と尋ねてきた。


「うん」


私は、小さな声でそう言った。


「それって、俺が何を話すか?それとも、俺が凛の話を聞いて傷ついちゃうとか?」


「どっちも」


私の言葉に赤信号で止まった龍ちゃんは、手を握ってきた。


「凛、俺ね」


「うん」


「この機会を大切にしたいと思ったからオッケーしたんだ」


「どうして?」


私の言葉に龍ちゃんは、こっちを見てニコッと笑った。


「だってさ」


パァー


後ろの車にクラクションを鳴らされて、龍ちゃんはすぐに発進した。ただ、前だけを見つめながら龍ちゃんは言う。


「こんな機会がなかったら、きっと俺は凛の話をちゃんと聞いたりしないから…」


「聞かなくていいでしょ?」


私は、龍ちゃんの言葉にそう言った。だって、見ないフリをしてれないようにしてたら、元に戻れるわけだから…。


「俺の中にね、聞きたくないと聞きたいって気持ちがずっとあったんだ」


「うん」


「聞きたくない理由を考えた時、それは自分勝手な気持ちだった。凛が星村さんを好きだって言ったらどうしよう。凛が星村さんとの時間の方がよかったって言ったらどうしよう」


私は、その言葉に「じゃあ聞かなくていいでしょ」と言ってしまう。だって、これ以上、龍ちゃんを傷つけたくなかったから…。

なのに、龍ちゃんは「それは、違うよ」と言った。


「どうして?」


「凛が、星村さんに救われたのはわかってる。だから、ちゃんと聞きたいと思った。どうして始まって、その過ごした時間はどんな日々だったかを…」


その言葉に私は泣いていた。聞く事によって、元に戻ろうとしていた関係が崩れていく気がして泣いていた。


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