やってみたい

「拓夢、やってみたい」


「本当に?」


「うん!下手でもいいならやってみたい」


「じゃあ、俺が曲作ってあげるから…。Bチューブにあげる動画とろう」


「うん」


「凛は、顔ばれないように撮影しないとな」


「加工するの?」


「加工とは、ちょっと違うかな。横顔とか出せばいいかもな!アングルは俺が考えてあげるよ」


「どこで歌うの?」


「あそこの河川敷とかよくないか?二駅先のさ」


「あー、わかった!うん、いいかもね」


「ビデオカメラ、メンバーから借りてくるわ!持ってるやついるから」


「拓夢が私をプロデュースしてくれるの?」


「見たこともない景色に行こう」


俺は、そう言って凛を引き寄せて抱き締める。見たこともない景色は、芸能人になる事ではないのはわかってる。ただ、凛が子供から離れる為の場所を与えてあげたいんだ。子供がいたら出来ない事を与えてあげたいんだ。


「拓夢、ありがとう」


「帰る?」


「うん、着替えてくるね」


「わかった」


凛は、そう言ってバスタオルを巻いて洗面所に行った。俺は、凛の中にあるものを消してあげたい。起き上がって、俺も服を着替える。


「帰るね」


「うん、待って」


俺は、凛と一緒に家を出た。何も言わなくても、手を握りしめた。凛も握り返してくれた。


「バレる?」


「大丈夫だと思う」


「そっか」


誰にも言えない関係、それが変に興奮する。みんな好きなんだよな!不倫の話はみんな好きだ!俺の母親だって好きだった。「いやーね」って話していた。でも、息子が当事者になったらどうするのかな?あんな風に母親は笑ってられんのかな?俺も、凛に出会うまで不倫なんか考えてなかった。


「拓夢、ありがとう」


駅が近づいてきたから、凛は手をそっと離した。そして、笑って俺を見つめていた。温もりが離れて寂しいけど、これが現実だ。


「うん、また連絡してよ」


「次は、いつ会える?」


「そうだね!明日は、仕事だから!手帳見てから、メッセージするよ」


「わかった」


「あのさ、凛」


「うん」


「不安だったり苦しかったり悲しかったりしたら、何時でも連絡しろよ」


「わかった」


「俺、電話でるから」


「うん、じゃあね」


「うん、バイバイ」


凛は、改札を抜けていった。凛と過ごした時間が幸せすぎて寂しい。あんなに、本能をぶつけたのって10代以来かもしれないな。凄く、楽しかった。全部忘れられた。絶望も苦しみも悔しさも……全部、全部。

俺は、来た道を引き返す。

子供だけが人生じゃないなんて、あんなに望んでる凛には言えなかった。スタートラインか…。そこにも立てない人がいるのを俺は考えた事なかった。俺は、反省しながら歩いて行く。

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