青春血塗れ

山田 詩乃舞

第1話

 あの痛みを覚えてる。


 右手にはめられた二個の指輪が、ブウーンという風切り音を伴って、頬に食い込み歯まで砕かれた。


 星が飛ぶなんていうけど、そうじゃない。ガキンとかガチンっていう音だけするんだ。

 骨に響く痛みと体が震えるような衝撃はその後にくる。


 些細な、本当に些細な理由だ。時間に遅れた、女を待たせてる。格好がつかない。確かそんな理由だ。人を殴っていい理由になるとは思えない。多分理由なんてなんでも良かったんだ。


 とにかく、しこたま殴られた。うずくまって呻いていたら、襟首を掴まれ、信じられないぐらい強い力で締め上げられて。立てと言われて素直に立てば鼻が潰れる程の頭突き。何度も何度も頭突き。額に俺の歯が刺さるぐらい強烈な頭突き。


 鼻で息どころか、喉に血が詰まってゲボゲボと、情けない声なのか音なのか分からないものばかり出る。


 下は石畳だっていうのに、頭を踏み付けてきて、耳からも血が噴き出した。


 シャツからズボンから血塗れになって、このまま夜から朝にかけて死んでいくんだろうなって。


 運良く、酔っ払いのサラリーマンが仏心で救急車を呼んでくれたみたいで、気がついた時は病院で管だらけ。


 それでもアンタの事を信頼してた。俺にとってはアンタがヒーローだったから。


 頭が悪いし、仕事も出来ない、まともに働く気もサラサラ無い。そんな奴らが集まってする事なんて世界共通だ。喧嘩に盗みに女衒紛い。薬を捌いて、似合もしないブランド品だかで身を固める。


 指を指されて当然なのに、自分を猛獣か何かに見せかけて牙を剥いて誤魔化すことしか出来ない。


 そんな奴らの中でもアンタは飛び抜けて光ってた喧嘩は強いし、筋は通す。女にモテるし男は憧れる。


 初めて会った時はお互い歪みあってるグループで、アンタは一人で十人ぐらいを漫画みたいに殴り飛ばしてた。俺は最後の一人になっちまって、怖くて震えた。アンタあの時、馬鹿にするでもなく笑ったんだ。


 何だ怖いのか? アンタがそう言って肩を叩いて来た時、あの時だ。俺はアンタについていくって決めたんだ。惚れたとか憧れたとか、そんな言葉はしっくりこない。


 見届けるっていうやつだろう。アンタがどこまで行くのか一番近くで見たかったんだ。


 順風満帆って時は人生にはあるんだろう。実際、無敵だった。刃物が出ようが、ヤクザが出張ってこようが、アンタは散歩でも行ってくるみたいな雰囲気で片付けちまう。


 隣でそれを見てた俺まで強くなった気分に浸ったもんだ。取り巻き連中なんて、有頂天で街を歩くからトラブルを治めるためにトラブルを起こすみたいな状況が暫く続いて、仕事もしてないのに遊ぶ暇が無いなんて訳の分からない時もあった。


 楽しかった。でもやっぱり長くは続かないよな。


 きな臭い、影がさす、あとは盛者必衰か? 時々アンタが言ってた難しい言葉で表現するならそんな感じか。


 ああいう時ってのは、勘のいいやつは煙みたいに消えちまう。そりゃそうだヤクザと揉め続けて無事な筈はねぇ。一人、また一人と逃げ出すのが遅れたやつから的にかけられて、良くて半殺しかマグロ漁船。


 そんな状況でアンタに呼び出されたから、俺は覚悟を決めてた。出来もしないくせに、どうせ終わるならアンタと死ぬまで暴れて何人か道連れにしてやったらいいとさえ、思ってたんだ。

 

 でもアンタが出した答えは俺を死ぬ寸前まで殴って病院送りにすることだった。


 ズルイよ。


 ベッドからようやく起き上がれるようになって、何度も世話になった刑事からアンタが死んだと聞かされた時、俺はそう思ったんだ。


 

 なあ、カッコつけすぎたんじゃねぇか。一人で背負ったつもりでよ。逃げ出しても良かったんじゃねぇのか? 駄目か。逃げるなんてアンタじゃねぇよな。そりゃ俺のキャラだもんな。


 でも、言わせてくれよ。柄にもなく死のうとしてたアホな俺を逃すためにアンタが死んでちゃ意味ないだろ。


 アンタを殺したのは俺だってことになるんだぜ。


 どうしろってんだ。後悔したまま生きていけるほど俺は強くねぇし、まともになれるなんても思えねぇ……。


 なぁ、そんな墓石の中で骨になってねぇで、答えてくれよ。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

青春血塗れ 山田 詩乃舞 @nobuaki_takeda

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ