短編になり切れない掌編

朝香るか

1000字前後の短編

1.教師の十字架


 児童からこんな告発文を受けるなんて。

 私はただ国語の授業の一環で

 日常生活のことを書いてほしいってだけだったのに。

 こんなことになるなんて。


 私の赴任した学校は出席番号で席が決まっている。

 彼女はこのクラスの中で一番にくる人だった。

 小学六年生なのにこんな悲しい文を書かなくてはならないなんて。

 教員として目を背けてはいけない。背けられない実態だった。


 題名は、家族が苦手。


 私はこんな家庭に生まれました。

 育児放棄をされたわけでも暴力を振るわれたわけでもない

 普通の家庭に生まれました。


 本当に恵まれています。

 でも小さなひずみはどこの過程にでもあると思います。

 私の家庭の場合を教えましょう。

 お母さんは子とあるごとにこういいます。


「女の子なんだからちゃんとしなさい。

 この家にずっといるわけではないのだから

 自立しなさい」


 お兄ちゃんには優しいのにね。何でも買ってあげて、あげるんだよね。

 お皿洗いだってお風呂掃除だってやらせない。

 それなのに私は自分が使ったお皿を洗わなくてはならない。

 自分で選択しなくてはならない。


 世間でほめられることかもしれない。

 でも私が熱を出しても、誰も関わることはない。

 自分で勝手に飲み薬を飲むか、病院に行くかしないといけない。


 こんな私に声をかけてくれたのは私のおじいちゃん。

「どうしたんだ? たまにはやってあげよう」

 時たま、そうやってくれることがとてもうれしかった。

 その言葉で締めくくられていた。


「せんせい、ありがとう。

 でも私は平気だよ。

 先生が気にかけてくれたから私は元気になれるよ」


 私がいたから元気になれる。

 そう思ってくれたらこんなに嬉しいことはない。

 私が望んでいることは叶わなかったけれど、

 あなたがいたことは私の中で大切な思い出になっているよ。


 卒業して中学生になると彼女は亡くなった。

 自殺だそうだ。

 これ以上教師として悲しいことはない。


 教え子の未来をみる事ができないのだから。

 教え子の活躍を知ることもあれば訃報を聞くこともある。

 私にできることは将来、花咲くであろう小さな芽を蕾へ変える手伝いだけ。

 これ以上できないことを虚しくも感じるが、

 頑張っていかなければならない。


 いっそう過酷さを増す。

 今の教育に違和感を感じないように育てる事しか

 私にはできないのだ。

 それが私のお役目。

 彼女に託された使命。


 END

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