君のいる夏景色

白玉ぜんざい

プロローグ


 目を開いて最初に視界に入ってきたのは、見慣れない白い天井だった。


 見慣れないというだけで、見たことがないわけではない。あの日のことを思い出してしまうこの天井のことが、僕はあまり好きではなかった。


「暇だなあ」


 痛々しくグルグル巻にされた足を見て、僕は溜め息をつく。

 上から吊るされたベルトに足を乗せて固定されている。そんなことをしなくても動けないのだけれど。


 何と言っても、人生初めての骨折を経験したのだから。

 入院生活はおよそ二週間。まだ三日目だと言うのに、既に暇すぎて泣きたくなる。やることがなさすぎて好きじゃない勉強をしてしまうほどだ。


 元々入院患者が少ないからか、四人部屋だというのに僕以外に患者はいない。この広い空間を一人で使えるというのはテンション上がるけど、そもそも動き回れないので意味はない。


 最初は喜んでいたけど、今では少し広すぎるので落ち着かない。一人部屋は空いていなかったのだろうか?


 スマホをいじるか、勉強をするか、日中は本当にそんな感じで過ごす。ここで初めて電子書籍というものを利用してみたけどあれは便利だ。世の中で流行るわけだと感心した。


 それと、たまに様子を見にやって来るナースの人と雑談をする。

 そんな感じで時間を潰す。

 全てのことを時間を潰すという感覚でやっているのだから、これを暇と言わずに何というのだろうか。


「こんにちは」


 こんこんと既に開かれている扉にノックをして音を立てる。僕はそちらを見るが、誰なのかは確認しなくても分かっていた。


「今日も来たんですか? 大丈夫だって言ってるのに」


「私が来たいの。君が本当に嫌なら止めるけど」


 こちらに歩いてくると、黒のポニーテールが揺れる。ぴんと伸びた背筋、張られた胸は大きくて、腰は引き締まっていて、スカートから伸びる太ももも白くて綺麗だ。モデル顔負けのスタイルを持っていて、その上芸能人にも負けない容姿をしているのだから、街中で彼女とすれ違って視線を奪われない男はいないだろう。


 水瀬千波。

 彼女は僕が通う水連高校の二年生。つまり、一つ上の先輩だ。


「あの時は、本当にごめんなさい」


 僕のベッドの横にある椅子に座ると最初にそんなことを言う。この部屋に来ると彼女は決まってその言葉を口にする。


 それに対して、


「だから、謝るのは止めて下さいって何度も言ってるじゃないですか。これは本気で言ってるやつですよ?」


 僕はもう何度目かさえも忘れてしまった同じ言葉を口にする。

 それを聞くと、先輩は無理やり作ったような笑顔を見せる。


「あれは、僕が勝手にしたことなんです。先輩は何も悪くない」


「そんなことないわ。あれは、正真正銘私のせい。私の不注意が、あなたに怪我を負わせてしまった」


 このやり取りも、もう何度もやった。

 そのことに僕は呆れて、溜息をつく。


「僕が勝手に飛び出して、勝手に落ちていった。それだけです。もし次謝罪の言葉を口にしたら、ここ出禁にしますよ?」


 僕がそう言うと、先輩はしゅんと怒られた子供のように表情を曇らせる。


「それは、困るわ」


「じゃあ、謝るのはナシで。せっかくだから、楽しい話を聞きたいです」


 先日。

 校内で彼女を見掛けた僕はいつものように視線を奪われていた。すると、何かあったのか体のバランスを崩した先輩が階段から落ちそうになって、僕は咄嗟に走り出していた。


 結論から言うと、彼女は助かり僕は代わりに階段から落下。こうして骨折して入院することとなったのだ。


 先輩はそのことに責任を感じているようだけれど、本当にそんなんではない。


 彼女が階段から落ちるのはマズイ、そう思った時にはもう体は動き出していた。もしあのまま先輩が落下して、今の僕のように骨折し入院していたら困る人はたくさんいただろうし、先輩自身も困っただろう。困り果てただろう。


 だから、これで良かったのだ。


 水瀬千波は、あんなところで怪我をしていい人間ではないのだから。

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