新世界・Ⅰ

 俺が新たな生を受けて、早くもおよそ一年が経った。ある程度この世界の外観を観察して、俺は改めてこの世界は俺が元居た世界、太陽系第三惑星地球日本とは別の世界、ひいては別の世界線にあると断定した。




 まず、話している言葉が違う。俺は日本語しか読めないし話せないが、明らかにこの世界で話されている言語は日本語とは異なる。ちらりと目に入ってくる文字らしきものも、ひらがなでも漢字でも、俺が知っている文字ではない。




 もちろん転生直後俺はこの世界の言葉を全く理解できなかった。しかし、新しい体のおかげか、たまに起きてほとんど寝ているだけの1年だったがある程度の言語体系を掴むことができた。一部の文字の羅列は単語として意味を理解できるようにもなった。前の世界では英語は苦手科目だったが。




 また、俺はやさしい俺の「おかあさん」の名前を知った。俺がこの世界で一番初めに覚えた単語でもある。シエラ。シエラという名だ。彼女の腕の中で囁かれたその名前はすんと耳に染み渡った。…できれば、今すぐに彼女の名前を呼んであげたい。




 しかし、頭で理解していても実際に発音するには至らない。転生者とはいえ、人間としての成長法則は破れないようだ。まだ「まんま」とかを言うのがやっとだし、体は最近はいはいで床を動き回ることができるようになった。そして滅茶苦茶に疲れる。シエラには手のかかる子だと思われているだろうか。




 だが、シエラは俺のやんちゃな成長をとても喜んでいる。「ママ」と呼ぼうとすればたまらず微笑み俺の顔にキスをし、はいはいで動き回る俺を暖かい眼差しで見守る。まさにマリア様と言ったところか、やはりぬくもりに満ちた女性だ。






 そして、これは衝撃的だったがなんとこの世界には魔法が存在する!料理か家事のためなのか、ベットから横目でシエラが片手で水や炎を生み出す姿を見たときは本当に驚いたし、現実とは思えないその現象に興奮した。




 魔法だなんて物語やゲームの中の存在だった。それが目の前で、さもありなんと行われているのだ。俺も魔法が使えるようになれるのだろうか。手を翳かざし、詠唱すれば、たちまち非科学的な現象をこの手で起こせる。そんなことを考えるとどうしても胸が踊る!




 まあこんなように、俺が新世界に転生したということは間違いない。今までの物理法則が通じないこの魔法の世界に俺はときめきが止まらないが、1つ、俺の心にかげを落とし、不安を煽ることがある。






 …父親の姿が、見当たらないのだ。






 出産時のシエラから感じた違和感はこれだったのだろうか。俺が生まれてから今日この日まで俺は俺の新たな父親を見ていない。いや、遠くへ出稼ぎに、それこそ魔法がある世界なのだから、ダンジョンか何かに冒険に出ているのかもしれない。実際、今の生活は質素ではあるが特別貧しい様には感じない。生活のためのお金は父親が残しているのか、または支援を受けて生活しているのか。




 …それとも、父親不詳のシングルマザーなのだろうか。




 疑問は尽きないが、いずれにせよシエラは俺の唯一のおかあさんである。前途多難かもしれないが、シエラの慈悲深い愛を受けている限り、俺はこの世界で頑張ればそうな気がする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る