出生
白光に奪われた視界が徐々に戻ってくるのを感じる。今はまだ白いもやが視界全体にかかっているが所々モノクロではない色が存在する。有彩色をこの目で感じ取るのは随分久しぶりだ。
そして、体が存在しているという感覚はある。俺の四肢は確かにつながっていて、どうもじたばた
··これはすごく気持ち悪い感覚だ。なんというか、手足を縛られたまま体ごとハンモックに括りつけられたような。それでそのハンモックは熱帯雨林のジャングルにかけられている。ざわざわ、風にハンモックは揺られ、有象無象の昆虫たちが俺の体に当たってくる。気持ち悪くて、ムズムズして思わず体をくねらせたくなる。しかしそれすら叶わない。腕や腰の関節すら思うように曲げられない。体の主導権は俺にはなく、俺はただこの不快感を無抵抗に受け入れるしかないようだ。
気持ち悪すぎて、泣いてしまいそうだ。
「ぅえーーーん!」
泣き声が聞こえた。赤ちゃんの泣き声だ。どんな空気もつんざくような甲高い泣き声だ。普段なら少し、ほんの少しイラっとしてしまいそうな高音だが、不思議なことにぬくもりに包まれていて、心地良さすら感じる。
そしてもう一つ不思議なことに、その声の主はどうやら俺のようだ。
··この辺りで俺は状況を察した。俺は今、
ほのかに、においが漂ってきた。赤子の俺をつつむきれいで清潔な布の香り、産湯用のあたたかいお湯の香り、出産に伴う出血の、血の香り。
視界もだんだん、開けてきた。俺の顔をのぞき込む、長髪の優しさそうな··どこか不安げな表情をした女性。ふとんに寝そべる彼女に俺が抱かれている恰好のようだ。俺に話しかけているようだが、泣き声にかき消されてしまう。
彼女が··俺の「おかあさん」だろうか··
歳は十いくつか、とても若そうな容貌だが、その歳に見合わない聖母のような暖かさを俺に向ける。しかしそれだけに、にっこりと笑う表情はどこか固く、瞳の奥に宿す不安が、一抹の不安が、どうにも不吉なものに感じる。
俺のもとの「母親」はどんな人だったか··
そう考えた瞬間、鋭い頭痛が俺の頭によぎった。「おかあさん」から感じた不吉さを遥かに凌ぐ猛烈な気味の悪さ、何かの禁忌に触れてしまったかのような感覚が襲った。赤子の俺は泣くのを強めた様で、「おかあさん」は慈愛に満ちた仕草で、抱き抱えている俺をどうにかあやそうとしている。
俺は俺の新たな人生に不安を感じながら、まどろみの中へと落ちていった。
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