第11話 須藤 茜の焦燥

朝、登校準備を終えた私はすかさず新城家へと向かう。

もう一つの我が家のような新城家、一々インターホンを鳴らす事もなく、合鍵を使ってドアを開ける。

そのタイミングでトイレから出てきた陽日と目が合い「おはよ」と軽く挨拶。

「ねぇ写真は?」と陽日。

「後でねー」と私。

悪いけど今は陽日に構っている暇は無い。

陽日を軽くスルーして階段を駆け上がる私。

早く会いたい。


「お姉ちゃーん!お兄ちゃんなら先に行ったよー!」

「は?なんで?」

「知らんがな」

「そう…」

「ねぇ写真は?」

「しつこいなー。後で連れてくるってば」

「まじ?イケメンなの?」

「世界一」

「うっわ。楽しみ。友達呼んでいい?」

「アハハ、それはまた今度にして」

「りょー。けど写真は撮るからね!」

「おけおけ。じゃ行ってきまーす」

「いてらー!イッケメン♪イッケメン♪」


そして新城家を後にする私。

はぁ…陽日に変な期待をさせちゃったけど、ごめんそのイケメン、お兄ちゃんなんだわ。


にしても、ミナが早く家を出るなんて珍しいな。

もしかして私と顔を合わせづらいとか?

いや、ないない。

あの人基本頭の中ノーベル平和賞だもん。

昨日の帰りも普通だったし。

きっと、『あの雲に乗るためにはどうしたらいいかなー?』みたいな事を考えながらテクテク歩いているに違いない。


んーどこかで背中が見えて来ないかな?

見つけたら飛びついちゃうんだから。

なんて考えながら歩いていたらいつの間にか学校に着いていた。

まだ時間が早いせいか人はまばら。

私は自分のクラスに入る前に、ミナのクラスを覗きに行く。


…いない。

もう、どこに行ったの?

こんなに会いたいのにな…

ちょっとクラスの人に聞いてみよう。


「おはよぉ藤枝ふじえださん。ミナどこ行ったか知らない?」


「あ、須藤さんおはよー。新城君?まだ来てないよ?あ、でも今朝見かけた!新島さんと駅の方に歩いてたよ?

( あ、やば、もしかして余計なこと言っちゃったかも。でもでも、仲睦まじく手を繋いで…までは言って無いからセーフよね? )」


「え?!渚と??え、駅に?」


「う、うん…たぶん(いや確定ですが)」


「そ、そう。ありがとう…」


「い、いえいえ。(やべ、アウトかも。須藤さんすげー動揺してるし。新城君…ごめんよ)」



どういうこと?

何で駅に?

しかもよりによって渚となんて…

ダメ…あの子だけは…絶対にダメ…


と、とにかく確認しなきゃ。


『ミナ、どこにいるの?』


既読はついた、けど返信が遅い。

イライラする。


ピロン♪

ピロン♪


きた!

けど…


「…は?何これ」


そこには肩を寄せ合ってニッコリピースの二人の画像と共に『絶賛デート中』とかいうふざけた文言。

絶対渚の仕業に違いない!ムカつく!!

中学時代からの宿敵、新島 渚の勝ち誇った顔が脳裏をよぎる。

咄嗟にブチギレモードを発動した私、勢いのまま通話ボタンをポチッた。


「ねぇ!!どーゆうこと?!ねぇ!!そこどこよ!学校来なよ!!ねぇ!!早く!!」


気づけば廊下中に響き渡るほどの声量で問いただしていた私。

でもそんな事を気にしている余裕なんて私には無い!


そんな私に怯えたようにしどろもどろになっているミナ。

要領を得ない回答にイライラは募るばかり。

そして、急にガサゴソと音がしたかと思えば、声が渚のものへと変わった。


『あのさぁ別にウチらがどこで何してようと茜に関係なくない?つかさ、彼氏出来たんでしょ?いい加減にして?もう茜に邪魔する権利なんかないから!じゃーね!お幸せにー!』


「ちょ…」


言いたい事だけ言われたあげく一方的に切られた通話。


反射的に再度通話ボタンをポチるもOFFられたようで繋がる事はなかった。

既に怒りが頂点に、いや突き抜けていた私は勢いでスマホを床に投げつけそうになる。

何とかその衝動を抑えはしたが、怒りと動揺ではち切れそうな心と溢れ出る涙をどうにかするためトイレへと駆け込む。



なによ!

なによっ!

なんなのよ!!

ふっざけんじゃないわよ!!


「うぐぅ、うぐっ、ゲホッゲホッ、うぅ」


焦り、怒り、敗北感、何より昨日の嘘を放置してしまった自分への後悔で涙と嗚咽が止まらない。

しばらくそうしていると、泣きながらトイレへ駆け込んだ私を見ていた友達が心配して扉を叩いて呼んでいる。

私は返事をする事も出来ず、震える体をなんとか支えながら何度も何度も吐いていた。


どうして…

どうして…


焦燥しきった私は途中で意識を失っていたようで、気づけば保健室のベッドで横になっていた。

どうやら保健室に運ばれ、それからすぐに目を覚したみたいで、その場には保健師さんと友達がいた。

トイレに駆けつけた保健師さんと友達でここまで運んでくれたそうだ。

とんだ迷惑を掛けてしまった。申し訳ない。


廊下で大声を出したと思いきや、急に泣いて走り出した私を見ていた友達は、痴情のもつれだと察してくれたようであまり深く理由を聞いては来なかった。

「恋愛関係でちょっと…」くらいの説明で保健師さんも納得してくれた。


それから保健室で一時間ほど休憩した後、ミナが学校へ来ているかも…と教室を覗いたがいなかった。

何もかもが限界だった私はそのまま早退。

胃液と涙をこれでもかと垂れ流した後だからか、もう怒りは感じていないけれど、喪失感と寂しさは時間を追うごとに増している。

そもそも私の愚かな行いが全ての原因で、ミナや渚に全く非は無いのだから怒る権利など最初からないのだけど。


親がいる自宅には帰る気になれず、時間的に誰もいない新城家に入っていく。

躊躇いなくミナの部屋に入りベッドに横になった。


鼻腔に広がるミナの香り。

また寂しさが増して涙が流れる。


会いたい…


会いたい…


帰宅途中に何度も連絡をしたが電源は切れたままだった。

仕方なく渚にも連絡をしてみるが同様に繋がる事は無かった。


苦しい…


苦しい…


あの二人は私に彼氏が出来たと思っている。

そうなると、今は互いに遠慮するものが何も無い状態。

中学生の頃からずっとミナを意識している渚。

最近は部活に励んでいたから衝突は減ったけれど、今まで何度撥ね除けても彼女は諦める事がなかった。

高校でもクラスが一緒の二人は仲がいい。

ましてや渚は学校で一番人気のある美少女だ。

もし、ミナが告白されたらそれを受ける可能性は十分にありうる。

だって…もう私というストッパーはいないのだから…


怖い…


怖い…


『別にウチらがどこで何してようと茜に関係なくない?-もう茜に邪魔する権利なんかないから!』


繰り返される渚の言葉。


「本当にその通りだよね……うぅ……でも何で……何で……うぅ…」


どれだけ泣いても尽きない涙。

どれだけ嘆いても出ない答え。


私は茫然自失のままミナの部屋で過ごし、下校の時間になる頃になって自宅に戻る。


当然ご飯を食べる気にもなれず、ベランダ越しに見えるミナの部屋を見続けていた。


そして夜の9時を回った頃、ようやくミナの部屋の電気が灯った。

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