第6話 ニューニューキャッスルサウスストーリー

「うっわ!冷たっ!」


左頬に感じる不快な違和感に驚いた僕は飛び起きる。


え、めっちゃ濡れてる!何で??雨漏り??



……あ、そっか昨日あれからいつの間にか寝ちゃったんだ…


…ふぅ。


理由が判明して安心した僕。

枕にタオルでも巻いてもう一度寝ようかな、とも思ったけれど、妙にスッキリとした目覚めだったのでこのまま起きる事にした。

いつもよりも1時間ほど早い目覚めだ。


うん。昨夜は一人シクシクと枕を濡らした情けのない僕だけど、『男は泣いた分だけ強くなる』って何かのアニメで言ってたしな、とポジティブに考える事にしたので問題ない。


もう僕は昨日までの僕じゃない。

過去は全て涙となって流れたんだからね。

ふふふっ。


さぁ、今日から新しい 新城 南 の物語が始まる。

さしずめニューニューキャッスルサウスストーリーだ…なんてね。

語呂の悪さに眩暈がするぜ。

ふふふっ。



濡れ枕のせいでいつもより早起きしたせいか、僕は朝から変なテンションだった。



そのテンションのまま僕は今通学路を歩いている。

昨日までは隣に茜がいたけれど今日は一人だ。

別に意識した訳ではなくて、早起きしたついでにいつもより早く家を出ただけ。

もし茜が迎えに来ても『先に行った』と伝えるように妹に頼んだので問題ない。


それにしても、何て清々しい朝なのだろうか。

10月に入り季節は秋、爽やかな秋晴れの空に少し冷たい風が肌を撫でる。

あぁ…何か新鮮な気分だ。

僕の寝坊とかでたまに一人で登校した事はあるけれど、今日みたいな気持ちになったのは初めて。

ただただ流れていくだけだった街の景色や、道行く人達の表情がヤケに生々しく、リアルに感じる。

誰でもいいから話しかけてみたくなる。

なんか、自由だ。


僕は今、ワクワクしている。


昨日は色々とあったけれど、今も茜は大切な人に変わりはない。

だけど、正直、言葉は悪いが昨日までの僕は茜に縛られている感覚はあった。

人間関係や物事の全てにおいて、今までは茜ありきで考えていた。

言うなれば、茜と僕はいつもセットだった。

それはとても居心地が良くて、全然嫌じゃなかったけれど、今日僕は初めて自由を手に入れたように感じていた。

セットやコンビではなく、ピン。

今日から僕は、僕だけになった。


だから僕は今、ワクワクしているんだ。






「南君おっはよー!」



おっと、そんなワクワクさんことニューニューキャッスルサウスな僕に朝の挨拶をしてくれたのは、クラスメイトの 新島にいじま なぎさ だ。

中学からの友達で、背が小さいのに一年生ながらバスケのレギュラーを勝ち取ったスポーツ万能少女。

ポニテがよく似合うスポーツ系美少女としても学校では有名な女の子だ。


「あ、おはよう渚!いい天気だね!」


「そだね、アハハ!今日は一人?珍しいね?早いし。茜となんかあった?」


「あ、気づいちゃった?実は昨日フラれちゃいましてね」


「……え?ウソ…なんで?」


「なんか、付き合うらしいぞ?相手が誰かは分からないけど」


「そう……信じらんない…じゃ、じゃあ南君どうするの?」


「どうするって…まぁ茜とは幼馴染だからこれからも仲良くしていたいけど、今までみたいな近ーい関係の幼馴染は出来なくなるからね、だから今日からはただの新城 南として、フツーに高校生していくよ?」


「そ、そうなんだ?!じゃー…彼女とかもアリになるの?」


「アリよりのアリだね。なんたって妹より早く恋人作らないとさ、ダッツのアイス1ヶ月分買わされる羽目になるからね」


「アハハッ!ヤベーじゃん!フツーに1万円くらいしそう!」


「それな。僕の財布には滅多に諭吉は降臨しないからさ、せめて正月までは彼氏作らないように昨日頭を下げてお願いしたよね」


「ねぇウケる。…あ、あのさ、突然だけど…今日学校サボってどっか遊び行かない?」


「な、なんですとぉ?!」


「ちょ、何そのリアクション!いやほら、天気もいいしさ、それに……と、とにかく、南君もフツーに高校生始めるならさ、たまにはこんなイベントあっても良くない?」


「何そのリア充イベント…行く!絶対行く!めっちゃワクワクしてきた!」


「ホントに?!やったぁ!」


ポニーテールを揺らしながら、小さい背丈でぴょんぴょん跳ねて喜ぶ彼女。

子供みたいでとても可愛らしかった。


「でもさ、朝練は?この時間に登校ってことは朝練出るんじゃないの?いいの?せっかくレギュラー取れたんでしょ?」


「いいの。一昨日手首に軽くヒビ入っちゃってさ、朝練には顔だけ出しに行こうと思ってただけだから」


そう言って袖を捲って見せてくれた左手首にはグルっとサポーターが巻かれていた。

毎日頑張って勝ち取ったレギュラーの座だったろうに…

ニコりと笑って見せた彼女の笑顔。

少し影があるように見えたのは、きっと気のせいではないと思う。

せめて、今日一日で少しでも気分が晴れてくれたらいいな。


「そっか。あーでも既にちょー楽しい気分。どこ行こうね?」


「私も今サイッコーに楽しいよ!まずはマックにでも行って作戦会議しよっか!まだ早いからどこもやってないだろうし」


「せやな!ならマクドいこか!」


「まいどでマクド!」


「なんやその返し!」


「お、おおきに」


「褒めてへんでぇ~」


「「あはははは」」


こうして僕達はエセ関西弁トークをしながら駅前のマックへ向かって通学路を逆走した。


いつもの調子で差し伸べた左手、少しの間があった後、遠慮がちに握り返された感触でハッとなり「しまった…」と思った。

同時に茜の顔が頭をよぎる。

少し罪悪感を感じはしたが、僕は今朝からニューニューキャッスルになった事を思い出し、頭をふるう。


せっかく握り返してくれたこの小さな右手、安心してもらえるように、とキュッと力を込めた。

お返しとばかりに彼女の手にも力が入り、何度かニギニギ合戦をしては小さく笑い合う。


何このデート感。

ちょー楽しい。

昨日フラれ(仮)を経験した僕を神様は見捨ててなかった!


「神さんほんまおおきにやで」


「なにがや」


そんなこんなでマックについた。

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