閑話3【前夜】

「もー、ミヤちゃん心配しすぎ。私だって今年で17歳になるんだよぉ?」


 転校初日の前日夜。

 雛子ひなこは明日の準備をしながら、地元に住んでいる親友の美弥子みやことスマホのハンズフリー機能を使って通話していた。


『そりゃ心配するなって方が無理あるじゃん。雛子は人よりのんびりしてる上に運動神経も悪いし、ダチとしては本当に都会でやっていけるのか不安なわけよ』

「ミヤちゃんがそんなのでどうするの。大丈夫、仮に電車に乗り遅れたとしても、こっちは5分後には次の電車がやってくるんだから」

『マジ!? たはーっ、やっぱ都会はハンパないわー」


 関心する美弥子の声を聴いただけで今の表情が容易に想像でき、つい思い出してクスリと笑ってしまう。

 雛子が三日前まで住んでいた場所はとにかく交通が不便で、公共の乗り物は原則一時間に一本のみ。

 すなわち朝の電車に乗り遅れる=遅刻確定へと繋がるのだ。


『もしもクラスに雛子をいじめる奴がいたら遠慮なく私に言いな。バスと電車を使って二時間半くらいで駆けつけて、そいつをぶん殴ってやるからさ』

「ありがとう。でもその場合、行きと帰りの交通費は誰が払うの?」

『んなもん......自腹に決まってんじゃんよ。てか、意地悪な質問すんなし』

「ごめんごめん」

『雛子なら絶対そっちの学校でも上手くやっていけるよ。なんたって、地元で浮いてた私と友達になれるくらいのコミュ力の持ち主だからさ』

「友達じゃないよ」

『え?』

「一番の親友だよ」

『......ったく、雛子のくせに生意気言いやがって.....そういうところだぞ』


 部屋の中に美弥子の鼻をすする音が響く。

 不安が全くないと言ったら嘘になる。

 せっかくできた親友と呼べる存在とこうして毎日電話しているにしても、やはり相手が自分の手の届く範囲にいないというのは寂しいものである。

 だがこればかりは子供の自分にはどうしようもないし、いつまでも後ろ向きでは美弥子に余計心配をかけてしまう。


 ――それに都会の学校に行けば、を抱えた子に会えるかもしれいない。

 彼・彼女はどんな風に向き合っているのか――会って、雛子はどうしても訊いてみたいのだ。 


『あんまり遅くまで話してると明日に影響出るから、今日はこの変にしておくわ』

「うん......それじゃ、また明日ね」

『また明日、な』


 このまま会話を続けていたらまたお互いに泣き出して収集がつかなくなる予感がしたので、美弥子の方から終わりを切り出してくれて助かった。初日から腫らした目で登校するのはできれば避けたい。


 気分転換に窓を開ければ、外から気持ちの良い夜風が流れ込んでくる。

 生まれ育った町と比べれば夜空にあまり星は確認できないけれど、その分見つけた時に達成感を得られる。 

 まずはこの新しい環境に慣れるところから始めよう。目的は二の次だ。

 そう雛子は自分に言い聞かせ、地元にいる親友のためにも、明日から始まる新たな学園生活を心から楽しもうと誓うのだった。

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