第6話【パイスクールD✕D】

 SNSの登場より遥か以前、太古の昔から論議されてきた『理想のおっぱいとは何か?』という、男性人類にとっての永遠なるテーマ。

 我が世界は巨乳派・美乳派・貧乳派の三つに分かれ混沌を極めていた。

 どちらかと言えば美乳派の立場をとっていた俺だったが――突然目の前に現れた巨乳の化身とも言えるような、神々こうごうしく柔らかで偉大な二つの膨らみを搭載した女子の登場により、如月亜流斗きさらぎあるとの考えに一つの疑念が生まれつつあったのだ――とまぁ、冗談はさておき、

 

「......えっと、何かな?」


 初めて拝見する規格外という言葉がよく似合う大きな胸に圧倒され、何テンポか遅れて返事を返した。 


「実は私、転校初日で...昨日から眠れなくて...早く学校に向かおうとしたら無くて...その...」

「ストップ! とりあえず、一旦深呼吸。それから頭の中をゆっくり整理してみようか?」

「は、はい......」


 焦る彼女は俺に言われるがままその場で深呼吸をすれば、胸に搭載された立派な大玉スイカ級・二玉と、それに添えられたおさげが上下に揺れる。まるでそれ自体が何かの生物に見えて仕方がない。

 何度か深呼吸を繰り返し、ある程度落ち着いてきたところで、彼女はゆっくりと俺に説明をした。


「――要するに、浮かれ過ぎて転校初日に財布と一緒に定期も落としたと?」

「あぅぅぅ、間違ってないですけど言い方ぁぁぁぁぁぁ」


 恥ずかしさと情けない気持ちが入り混じった表情を浮かべながら可愛らしく呻く。 

 ......ヤベーな、この子、からかいがいがあるぞ?


「ごめんごめん。そういうことなら交通費貸してあげるよ」

「ありがとうございます! 大人の方に声をかけても皆さん全然止まってくれなくて」

「まぁ、この時間は仕方ないよ」


 朝の通勤ラッシュは独特な緊張感もあることながら、いくらJKとはいえ朝から面倒ごとに巻き込まれたくないという気持ちはわからなくもない。俺も同じようにスルーしようとしたわけだからな。

 彼女は千円札を受け取ると感謝の言葉と共に勢いよく頭を下げ、券売機の方へ駆けようとするも振り返り、



「あのぅ......〇〇駅までっていくらでしょうか?」


 はにかみながら俺に訊ねてきた。

 巨乳メガネにからかいがい属性+天然属性持ちか......朝からとんでもない逸材と遭遇しちまったもんだ。


 ***


「噂には聞いていましたが......こんなにぎゅうぎゅうなんですね」


 無事に切符を買い、高校のある方面へ向かう上り電車に乗った彼女は、困惑の表情で呟いた。

 高校の最寄駅まで僅か電車で一駅とそこまで遠くはないのだが、駅と駅との間の距離が地味に長く、まるでゴミのような量の人が車内に乗り込んでいるため充分ストレスではある――そう、普段はな。


「だね......」

「すいません、私が太っているせいでご迷惑をおかけしてしまって」

「そんなことないから。むしろ元気に育って感謝してるくらいだし」

「はい?」


 意味がわからず、首を傾げキョトンとした瞳で俺を見つめる彼女。

 サラリーマンやOL達やらで溢れかえった車内、彼女を守るように目の前に立ち塞がった結果、俺の胸には周囲から注目を集めがちな彼女の巨乳がおもいっきり当たっていたのだった。

 ――なんだこのラブコメの主人公みたいな幸せ過ぎる展開は! 俺、今日死ぬんじゃないの!?

 駅のホームで電車を待っている間に聞いたのだが、彼女は今までかなりの田舎に生まれた時から住んでいたらしく、当然満員電車も今回が初体験とのこと。光栄である。

 

「都会の人たちは凄いです。ちょっとやっていけるのか自信無くなってきちゃいました」

「大丈夫だって。もし良かったら、これからは一緒に通学してあげようか?」

「そんな...交通費まで貸していただいたうえに、そこまでお世話になるなんて申し訳ないです」

「いいからいいから。女の子が一人で満員電車に乗るのも危険だし。ボディガードだと思ってさ」


 決して俺に他意はないぞ。

 暗い食糧庫生活の中、突然起きた幸せ神展開をこれ見よがしに利用しだなんて微塵みじんも思っていないんだからね!


「......じゃあお言葉に甘えて。これからよろしくお願いします」


 俺の邪念など知る由もなく、彼女は花が咲いたようにニコリと微笑んだ。


 ***


 最寄駅に到着し、そこから徒歩で7~8分ほど歩いた位置に俺たちの高校は存在する。

 道中、やはりというか何というか、彼女は通学中の生徒たちからいろんな意味で注目を浴びていた。

 大抵聞こえてくる言葉は『でけぇ』や『あれ何カップだよ』と言った、胸に関する単語ばかり。

 しかし彼女は全く耳に入ってこないのか、俺との会話に夢中になっていた。


「何から何まで本当にありがとうございます。お金は絶対返しますので」


 正門を潜り抜け、生徒たちの下駄箱がある昇降口に到着したところで彼女とは一旦お別

れだ。転校初日なので職員室に顔を出さなければいけないらしい。


「いつでもいいから。じゃあまたあとでね」

「はい、それではまた」


 そう言って屈託のない笑顔を見せた彼女は、職員専用の下駄箱がある別の昇降口の方へと向かって行った。 

 ――あ!? 会話と胸に集中しすぎて名前とクラスを訊くのを忘れてしまった!?

 ......まぁ、あの幼い雰囲気だと一年生だと思うし、嫌でも目立つ子だから探すのにそこ

まで手間はかからないだろう。


「食糧庫の分際で同伴出勤なんて、随分と調子に乗っているものね」


 そう割り切って自分の下駄箱から上履きを取り出す俺に、背後から不機嫌極まりないオーラを身にまとった一色が声をかけてきた。

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