第2話【ウチの生徒会長様がモブの俺を脅迫するわけがない】

「如月君、あなた......ずっと見ていたわよね?」

「えっと......何のこと?」


 質問の意味がわからず背中越しに返せば、俺の肩を掴んだ手に力が入る。 

 一色さん、意外に握力あってガチで逃れられないんですが。


「これよ、これ」


 空いている方の手、綺麗に折り畳まれたパン屋の紙袋を見せて俺は理解した。


「あ~、一色さん、パン大好きなんだね」

「違うわよ! 私が大量のパンを食べるところを見たのか訊いてるの!」

「そりゃあ、申し訳ないなと思いつつも黙って見てたさ。見事な喰いっぷりだったよ」

「......は?」


 声音こわねをさらに低く露骨に嫌な表情をする一色さんは、俺の肩から手を離すと壁ドンする勢いで迫り、眼前に顔を寄せてきた。

 ――あの、そんな眉間に皺を寄せたら美人なお顔が台無しですよ?

 

「如月君、私のことバカにしてるわよね? 成績優秀で運動神経も抜群、生徒会長まで務め全校生徒憧れの対象でもある人格者のこの私が、実は大食い系女子だったなんて。あなたみたいに何もかも中途半端なステータス持ちからしてみたら、ざまあみやがれなんて思うのが当然だもの」

  

 フォローのつもりが気持ち良く地雷を踏んでしまった俺を、早口で自画自賛ついでにけなすのはやめてください。モブはサンドバックではありません。


「このことが学校のみんなにバレたら......せっかく築き上げた私の学園での華麗なる地位が脅かされてしまうわ」

「一色さん安心して、このことは誰にも言わないから」

「信用できるわけないでしょ! あんたみたいな年齢=童貞歴です、って顔に書いてある男子が私の体を利用しないわけないもの! 何が望みよ!?」


 ――この女!!

 黙って聞いてれば言いたい放題言いやがって!

 大食いなんかよりも実は性格クッソ最悪だったことの方が知りたくなかったわ!

 放送室経由でもいいから、今すぐ幻想真っただ中の全男子生徒たちに謝ってこい!


「そうだわ......いいこと思いついちゃった」


 俺の怒りをよそに、一色は何か良からぬ閃きをしてしまったようで、赤銅色しゃくどういろの瞳が怪しく光る。

 すっ.........ごい嫌な予感しかしない。


「如月君――あなた、私の冷蔵庫になりなさい」


  ............ん? 何言ってんだコイツは? 性格だけじゃなくて頭もアレな感じだったのか?


「言い方が悪かったわね。私の食糧庫になれって言ってるの」

「いや、言い方の問題じゃないから。言い直してもさっぱりだから」

「如月君のようなモブには勿体ないくらいの役職よ」


 俺の話しはスルーなわけね。そこだけは理解した。


「――実は私、お腹が鳴ると少しだけ過去にタイムリープしちゃうのよ」

「......あ〜、うん、なるほど。一色さんはそういう設定なんだ」

「...殴るわよ?」

「いくら俺みたいなモブを騙そうったって、流石にタイムリープ設定はないわ」

「だから設定じゃないって言ってるでしょ!? 哀れむような目で私を見ないで!」


 誰だってこの状況で中二病設定語り出されたら同じ行動取ると思うぞ?


「タイムリープと言っても年単位とか壮大じゃなくて、戻れるのはほんの数分前まで」

「それと食糧庫になれがどう関係あるんだ?」

「まだ分からないわけ? お腹を鳴らさないためには定期的に食料の補給をしなければいけないの。でも私みたいな学校一の美貌を持った女子が大量にパンやらお菓子を持ち歩いていたらおかしいでしょ?」

「だから代わりに俺が食料庫になって持ち運べと」

「よく理解できました」

「だが断る」

「ハァッ!? 何でよ!?」

「第一に俺にメリットがない。第二に俺にメリットがない。第三にハッキリ言って面倒くさい」

「あなた隠す気まったくないわね」

「たかだか時間をほんのちょっと巻き戻される程度いいじゃないか」

「......それだけじゃないのよ」

「ていうと?」

「時間が巻き戻った場合、また同じ道に行くことは絶対にできないの。例えばテストで100点を取ったとして、その直後に能力が発動すると、テストが100点だった未来には行かず、98点を取った別のルートに進んでしまうの。いくら何でもあんまりじゃない!?」


 一色さんは高揚した様子で俺に同意を求めてくる。

 そりゃあ同情はしてやる。もしもそれが”本当”ならばな。


「とにかくだ、別に俺がここで休憩してたことチクってもいいぞ。どっちみちまた新たな休憩スポットを探さにゃならないからな」


 バレたところで大した罰は受けないだろうし、こんな性悪女の下僕になるくらいなら安いもんだろ。

 俺は付き合ってられんと扉の内鍵を開けて出ようとすると、


「――ここであんたに呼び出されて、エッチなことされたってみんなに言いふらすわよ?」

「なっ!?」


 あろうことか嘘の証言に脅迫という、生徒会長として、いや人としてあるまじき手段に出やがった!


「生徒会長の私とモブの言い分、みんなはどちらを信用するかしら? 試すまでの価値もないと思うのだけれど?」

「おまっ!? ふざけんなよ!!」

「いい? 私の秘密を知った時点であんたに選択の余地はないの。生殺与奪の権利は誰が持っているのかよく考えることね」


 そんなマネされたら平穏な学園生活が終わるどころか、最悪俺の人生もジエンド確定だ。

 なんでこの世界にはセーブ機能が一つも備わってないんだよ。昭和仕様のクソゲーか!

 腕を組みながら悪魔のような冷徹な微笑みを浮かべ迫る彼女に、俺はきびつを返し、一つしかない答えを言わざるを得なかった。


「......わかったよ」

「それじゃあ契約成立ね。これからあなたが能力の干渉を受けないために、ちょっとした儀式を行うから私の正面に来なさい」

「儀式?」

「そっ。いいから早くしないさい下僕」

「誰が下僕だコラ」

「あれ~? いいの~? なんだったら今から乱れた服装で教室に駆け込んでみようかしら~?」

「さーせんでした!!」

「わかればよろしい」


 被り気味に土下座をすれば彼女は満足した表情で頷いた。

 どうせタイムリープ設定だって嘘に決まっている。

 面倒だが、この性格性悪大食い妄想女が飽きるまで付き合うしか、残りの学園生活を平穏無事に過せる保証は微塵もないと俺は悟ったのだった。



          ◇

ここまで読んでいただきありがとうございます!

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