第2話 父親が手におえない?

 俺が今いるのは、神宮探偵事務所。と言っても神宮涼香のものではなく、彼女の父親の神宮じんぐう史郎しろうが設立したものだ。

 その父親がどこにいるのかと言うと、蝿でも見るかのような目で俺を見ているこの男がそうである。


 娘愛が強すぎる神宮史郎。身体の70%ほどが親バカで構成されている父親だ。

 

 そんな父親からしたら、彼女の助手を務める俺の姿はどう見えているのやら。


 おそらく輝く太陽のもとで踊る虫けら程度にしか、映っていないのだろう。

 実際のところ、俺にとっての神宮涼香は輝く太陽どころか、おののく対象なのだが。



 彼女の父親はコホンと咳払いを一つして、本題に入った。


「とあるコンビニで事件が起きたんだが……」

「ちょっと待って。その話、いつもみたいに、しょうもない内容だったら帰るから」


 神宮史郎は過去に、かんたんな事件で俺らの時間を奪った前科多数なので、念を押す神宮。


 その言葉に少々とげがあるように聞こえるのは、神宮が反抗期街道に差し掛かり始めたからだ。彼女が見せる数少ない「普通の人」らしい一面である。


 そんな娘に対し、父親は堂々とうなずいて言った。


「一週間程前、万引き事件が起きたんだ」

「万引き。 ……分かった、さよなら」

「待て待て待て、多分なんかしら複雑な事情があるんだろ」


 帰ろうとする神宮を、俺は慌てて引き止める。そのときに彼女の手首をつかもうとしたら、父親からナイフが飛んできた。

 まあ良い、先に進もう。


「それで、犯人はすで捕まっている」

「うん?」

「そして、容疑も認めているんだ」

「それじゃ、また明日ね。助手くん」


 そう言って席を立つ神宮。

 うん、許す。


「違うんだ、マイ・エンジェル。まだ続きがあるんだ」


 今度は父親が、彼女を引き止める番だ。

 それにしても自分の娘のことをマイ・エンジェルとか呼ぶな。そりゃ反抗期になるわな。


「状況がかなり奇妙なんだ」

「……手短に話してくれる?」

「分かったから座ってくれ」


 渋々といった顔で神宮は腰を下ろした。


「動機がわからないんだ。なんで万引きをしたのか聞いても、一切答えなかったらしい」

「万引きの動機? そんなの大した問題じゃないでしょ」

「金がなかったとか、どうしても欲しかったとかじゃないんですか?」

「島影君は黙ってくれるかな? 俺は娘と話しているんだ」


 いや、助手として探偵の隣りに座っているんだから、会話に混ざってもよくない? 助けを求めようと、神宮に目線を送る。


「助手くんは向こうで、ごぼうでも食べてれば?」


 そう言って神宮はホコリの溜まった部屋の隅を指差す。確かにきんぴらごぼうは小学生の時から好物だけど!


 見ると、父親の方もうなずいていた。なんで俺をしいたげるときだけ、この親子はこんなに息が合うんだ。


「そもそも犯人ていうのが立川たちかわ美咲みさきって名前の16歳の女子高生なんだ」

「ふーん。私達の一つ年下なのね」

「それで、万引きしたときその少女、実はかなりの金額を持っていたんだ。5万は超えていたかな」

「5万円! なんでそんな大金を?」

「その子のお父さんが、立川コーポレーションって会社の社長だったんだ」

「へぇー。5万円も持っていたのに万引きしたってことは、よっぽど高い物が欲しかったとか……」


 神宮も自分で言っていて、それはおかしいと気づいているだろう。社長の息子ならなら5万円で足りなければ、10万20万と出してもらえるに違いない。

 そもそも事件が起きたのはコンビニだ。そこまで高価なものは売っていない。


「あっそうだ。言い忘れていたが、その立川って少女は白谷しらたに高校に通っているんだ」

「白谷高校って……私たちが通っているところ?」

「あぁ、その通りだ。立川って名前聞いたことないか?」

「うーん。立川ねぇ……。助手くん知ってる?」


 やっと発言が許された。だが、あいにく立川という名前は記憶になかった。 

 俺は首を横に振る。


「まったく……」


 そんな「使えない高給取り」でも見るような目をしないでほしい。

 俺、一銭ももらってないのに助手やってるんだよ?



「あれ?」


 神宮は、なにかに気付いたような声をあげた。


「ふと思ったんだけどさ、もしかしてこの事件って、その社長からの依頼?」

「そうだね、社長から頼まれたんだよだ」

「なるほど、了解! 金銭的に不自由ないのになぜ万引きをしたのかが、分からないのね。その子の事件の動機を見つけてあげれば良いんでしょ?」


 神宮はいそいそと手帳を取り出しメモを取り始めた。しきりに「なるほど、なるほど」と相づちを打っている。

 社長の依頼だと聞いた途端、やる気になったようだ。金の亡者め。


「そういうことだ。よろしく頼むぞ」


 心なしか父親の目もお金の色に染まっているように見える。

 この営利団体親子に手を貸さなきゃならんのか……。俺は肩を落とすしかなかった。

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