運しかない名探偵は、俺の手におえない(仮)

春宮まぐろ

第1話 パンケーキは、俺の手におえない

 探偵、神宮じんぐう涼香すずかは言った。


「フルーツパンケーキ、パンケーキ抜きで」 

 

 それはただのフルーツ盛り合わせだな。


「えっと……?」


 パンケーキ屋史上、前代未聞であろう事態に、案の定困惑する店員さん。

 注文を書き付ける紙とペンを持って棒立ちしている。


 それはそうだろう。ここはアンティークな家具が揃う優雅でおしゃれなカフェだ。神宮のような非常識極まりない客が来る場所ではない。


 とても気まずい空気が充満する。しかしそれを作りだした張本人である神宮は知らん顔で水を飲んでいた。


 俺がこの場をとりなすべきなのは知っている。知ってはいるが、今は許してほしい。事件解決の直後で疲れているんだ。

 まぁ実際に事件を解決したのは、神宮なのだが。


「じゃあ俺はカスタードパンケーキお願いします」

「……かしこまりました」


 釈然としない様子の店員だったが、誰も助けくれないと悟ったのだろう。奇想天外な注文を復唱して、すごすごと厨房ちゅうぼうに戻っていった。


 どんな代物が出てくるのか少し気になるところである。


「そういやさぁ、夏休みの宿題終わってる?」

「宿題? 9割ってとこかな」

「へー私まだ全然なんだよね」

「エッセイの宿題は思ったより時間がかかるから、早めに始めたほうがいいと思うぞ」


 高校生なら誰もが交わすありふれた会話だ。

 きっと今この瞬間も、別のどこかで同じような会話がされているに違いない。そんなごく普通のやり取りである。


 だがみなさんがお気付きの通り、神宮は普通とは正反対の存在だ。


 そうだ、コイツを紹介しておこうか。


 神宮は簡単に言うと、1つの長所と100くらいの短所を持ち合わせた、俺と同い年の女子高生である。


 短所については声を大にして発表したいところだが、上げていればきりがないし、おのずと分かることなので割愛しよう。


 さて神宮の長所だが、それは抜群の事件解決力である。彼女はどんな難問もすべて解き明かしてしてきた。

 届いた依頼が解決しなかったことなど、一回もないのだ。


 探偵に必要とされる能力、髪一本も見逃さない洞察力や、ないに等しいヒントから答えを導く推測力、そして一冊の本すらも暗記する記憶力。これらをすべて持ち合わせている少女が神宮だ――と思ったら大間違いだ。


 では神宮が事件を解決できる理由はなにか。それは一に運、二に運、三四飛ばして五に運だ。

 つまり神宮は、お目当ての犯人がネギをしょってやって来るレベルの強運を持った探偵なのだ。

 ただ神宮の強運は事件のときにしか発揮されない能力らしく、宝くじは六等すら当たらない。


 ここまで聞くと彼女に推理力が皆無なのだと思われるかもしれないので、名誉のために否定しておこう。


 彼女はシャーロック・ホームズとまではいかないまでも、凡人には及びもつかない推理力を持ち合わせている。

 だからこその事件解決率100%なのだ。


 ちなみにこの推理力も、運と同様に事件のときだけの能力らしい。神宮が国語の論述や数学の応用問題に頭を抱えているところを、何度も目にしたことがある。


 おそらく学校の成績の方はかんばしくないんだろうな……。



「宿題、終わったって言ったよね?」

「まぁ9割は」

「それならさぁ……」


 嫌な予感がする。いや、予感というより確信に近かった。


「私の宿題やってよ」


 やっぱり……。


「何言ってんだ。神宮の宿題なんて数学と英語しかやらんぞ」


 数学と英語はやるんかい、というツッコミが聞こえそうだが、残念ながらこれが俺にできる精一杯の抵抗なのだ。

 だがそれも虚しい。


「へー、それだけでいいとでも?」


 ニヤニヤ顔の神宮。

 なぜニヤけているのか、気になるところだろう。 

 あまり詳細は話したくないのだが、簡単に言うと、俺は過去に神宮に対して「なんでも言うことを聞く」というアホな宣言をしたのだ。

 なにがあった? と聞きたい所だとは思うが勘弁してくれ。

 いて言うなら、その場の雰囲気に飲まれたというか、俺が愚かだったというか……。


 ただ確かことが、ひとつある。今の俺に選択権などないということだ。


「……8月の28日までに全部終わらせます」

「完璧にしてね。学年一位の秀才さん」

「はいはい」


 神宮が言ったとおり、俺は学年一位の立場を築き上げ、成績優秀の模範生として知られている。少なくとも学校では。

 だが神宮はそれに対するリスペクトなど微塵もない。

 今のように、勉強に関するお願い(命令)をするとき、おちょくる声で秀才さんと呼んでくるだけだ。


 悪魔に弱みを握られる恐ろしさを、俺は世界に伝えたい。 


 今日もいつもどおり人権を蹂躙じゅうりんされていると、美味しそうなパンケーキが届いた。


「おまたせしましたー。こちらカスタードパンケーキと……フルーツパンケーキの……パンケーキなしです」

「きたー。やっぱりこれだわー」


 満足げの神宮だが彼女の前にあるのは、土台を失った生クリームとただのフルーツだ。

 ご丁寧なことにバターも乗っかっているのだが、とけないのでただの固まった油脂である。それ、どうやって食うんだ?


「パンケーキと一緒に食べたほうが美味しいと思うが……」

「はぁ、そしたら太るでしょ。そんな事もわからないなんて、ほんとデリカシーないね」


 デリカシーが皆無だ? 誰に言われてるのか考えると、卒倒しそうだ。


 ただ神宮は、カロリーを気にするような体型じゃないと思うけどな。


 そうだ、神宮の2つ目の長所を思い出した。それは…………認めたくはないが、容姿だろう。

 パッチリとした二重の目、さらさらでつやのある髪、抜群のスタイル。小野小町in現代といった、すれ違えば誰もが振り返るルックスを持っている。


 ただし一つだけ付け加えておきたいことがある。彼女はいわゆる「黙っていれば可愛いのに……」というタイプではない。

 欠点が多すぎるので、口を閉じていようが断じて可愛くはないのだ。


 ほら、今だって、無言で俺に伝票を突きつけてきた。


 俺はため息をつき、財布の残高を計算し始める。

 ……フルーツパンケーキって、パンケーキ抜きでも定価なんだ。


「っておい」

「ん?」

「ん? じゃねーよ、なんでパンケーキ頬張ってるんだよ。俺のだろ」

「いいじゃない、ちょっとくらい」

「それなら、どうしてパンケーキ抜きとか言ったんだ」

「だから、太るからって言ってるでしょ」

「じゃあ、俺の食うんじゃねぇよ」


 まったく……神宮の助手を務めるのは心が削られる。


 そう、俺はコイツの助手をやらされている。こんな人権蹂躙ライフを送っている原因は、先程登場した通り、俺のアホ発言にあった。

 繰り返すが、どんな経緯だったかは隠させてほしい。

 いつか機会があったら話すよ。


 どうしても知りたいなら神宮にきくんだな。

 最高に意地悪な笑みを浮かべ、嬉々として俺の黒歴史を教えてくれるに違いない。 



 プルルルルルル。


「もしもし?」


 いつの間にやら俺のパンケーキを完食した神宮のもとに、電話がかかってきた。

 察するに探偵の仕事に関する連絡だろうか。

 二言三言ふたことみこと話した後、彼女は顔を上げて言った。


「助手くん、事件よ」


 ……はぁ、神宮が名前を読んでくれないので、事件解決に向かう前に名乗っておこう。

 俺は島影しまかげ風都かざと。名探偵の助手だ。

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