ミミクルの決断


 ――呪いを食べる。


 食べた人間は、モンスターは呪われないのか?人の体も、魔物の体もそれが食べたもので構成されている。呪いを食べれば、食べたものは呪われる。


 それが当然だと、ミミクルはギルマスから話を聞かされた時に、まず、そう直感した。


 だが、ミミクルはミミックだった。ミミックはその食したものから魔力を奪うことが出来る。そのすべてを絞りつくした時、そこに込められた魔力を完全に搾り取られた時、”呪い”が”呪い”であり続けられるとも、やはり、ミミクルには思えない。


 結局、やってみなければわからないということだ。


 失敗すれば、死ぬかもしれないのに……。


 ここに来て、どのくらいになるだろうか?

 アーサーさんに命を救われて、この食堂にやってきた。はじめは戸惑ったけれど、この食堂でミミクルは居場所を得た。アーサーさんの口車に乗って食堂で大儲けしようとしたり、ダンジョンで冒険したり、ギルメンのくだらない話や大切な話を聞いたり……。


 ここへきて、どれだけたくさんの食事を味わっただろうか?

 食堂でご飯を、はじめての外出で上天丼を、旅行中にハンバーガーを食べ、ミランダ・コゼットに連れられてラーメンを食べた。食堂のご飯はどんどん味がよくなってるし、このマチには、この世界にはきっとまだまだミミクルの知らないおいしいものがたくさんある。


 ダンジョンを脱出した時の、はじめの目的だった、『桃』もまだ食べられていない。


 ――『桃』を食べないままで死ねない。


 ギルドの訓練場で死にかけた、あの時のミミクルなら、無条件にそう思っただろう。


 でも、ここに来て、私は食べるだけではない他の生きる喜びを知った。

 

 ランスロット、ラインハルト、チャミル、ミラベル・コゼットという新しい友達。  

 信頼できるギルドマスター、ボードワール・クレマシオン。

 他にも食堂の常連として、お客さんとして訪ねてくれるギルメンも私の大切な仲間だ。


「……アーサーさん?」

「何、ミミクル?」


 きょとんとした顔を浮かべている、長い黒髪の美人は今日もミミクルの財布の中身で空腹を満たしている。このひと、アーサー・ハーブロンドのせいで私はこんなに悩んでいるというのに、ミミクルがしばらく無言でいると、またのんきに自分の食事に集中し始めた。


 彼女さえいなければ、ミミクルの人生はずっと違ったものになっただろう。いや、今、呪いを食べることで助けようとしているラインハルトにミミクルは殺されていたかもしれない。


 けれど……けれど今回ばかりはミミクルはアーサーに大きな不満を抱いていた。


「アーサーさんって私のこと、どう思ってるんです?」

「……そうね、

 ――金づる、都合のいい女、財布、召使い

 どれでもお好きなものをどうぞ」

「はぁー」


 ミミクルは深いため息をついて、宝箱の蓋を閉め、その中に引きこもる。


 暗闇の中で再び、ため息がこぼれる。けれど、そのため息は決して嫌なものではなかった。いつも私を、ギルマスを、他のギルドメンバーを呆れさせる彼女は、決して皆に疎まれる存在ではない。

 中には彼女のことを毛嫌いして、一言も話したくないと周囲に漏らす人も、いつか殺してやると憎んでいる人もいる。けれど、彼女がいないとこのギルドは面白くない、なんかよくわかんないけど彼女の生き方を見てると元気が出るとそういう人もいる。


 ――人間は奥深い。


 その奥深い世界にダンジョンの最奥からミミクルを連れ出してくれたのが、やはりアーサー・ハーブロンド、その人だった。

 

 ミミクルは一度、頬を両手でパチンっと叩き、いつの間にか漏れていた涙を拭った。

 拭う端からあふれてきて、それは止められない。

 目が真っ赤に腫れ、鼻はあかちんを塗ったようになり、拭ききれなかった涙とよだれが頬についている。そんな顔を出すのが恥ずかしくて、しばらくそうしていた。


「アーサーさん、まだいます?」


 ミミクルは宝箱の中から再び、話しかける。


「いるわよ、ミミクル」

「私、決めました。呪いを食べます。呪いベゼルを食べて、ラインハルトさんのこと、助けたいですっ」

「ミミクル……」


 アーサーは宝箱の中から出てきたミミクルの姿を見て驚いた顔をしている。この途方もない美人は表情が豊かで、初めて転送されたダンジョンの部屋のような驚きをミミクルに与える。


「ミミクル、顔を拭きなさい。ほら、ティッシュあげるからちーんってしなさい」

「――ちーんっ」


 アーサーの手を借りて、ミミクルは鼻をかんだ。そして、その長い腕に抱きすくめられる。その腕の中でミミクルはようやく泣き止むことが出来た。


「いーい、ミミクル?モンスターのあなたに、人間として生きる上でとてもとても大切なことを教えてあげるわ」

「なっん、でっ、すかっ?」


 さっきまで泣いていたせいでしゃっくりが出て、ミミクルは上手く言葉が言えない。


「それはね……」

「それは……」


 アーサーはいつもと違って、その騒がしさを胸の奥にしまい、とても真剣なまなざしをこちらに向けている。そして、そのまなざしのまま、こう言った。


「それはラインハルトから高額の報酬をもらうことをわすれないってことよ。

 私もこのプランの発案者だし、そうね、分け前は半分でいいわ。

 さぁ、儲けるわよー。

 私を騙して呪いに食べさせようとした罰金もあわせて、ケツの毛までむしってあげるわっ!!!」


 アーサーはやっぱり、いつも通りのアーサーだった。

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