ランスロットとラインハルト
ランスロットは、その存在に気付いていた。一度、遠くから眺めてみたがはっきり言って異様としか言いようがない。
以前、アーサーが
その恐るべき邪悪な存在が競うようにしてランスロットと同じ道筋をたどっている。ラインハルトの行方を追っている俺の、常に一歩先を行っている。つまり、ラインハルトはコイツから逃げている。
時折、ギルドには呪いの解呪の依頼が舞い込んでくることがある。ラインハルトとともに俺もそういった依頼を受けたことがあるが、ヤツはそれによく似ていた。いや、違う。それとは比べ物にならないほど、ラインハルトに付きまとうそれは強大で邪悪だ。
あれが、一朝一夕のモノでないのは明白で、長い間、ラインハルトにまとわりついて離れないでいたはずだ。でも、ラインハルトは呪いのことを隠していたし、俺も気づくことはなかった。
「ラインハルトのヤツ、こんな大事なことを黙っていたのか……」
ラインハルトは俺のことを騙していた。ラインハルトは別に俺のことを気にかけてなどいなかった。あの”何か”から逃げるための隠れ
脳裏に浮かぶ余計な考えをクビを振って追い出し、ランスロットは追跡を続ける。
ラインハルトの行き先を、俺は完全にはつかめていない。
だが、”何か”がランスロットの行き先に先回りしているので、俺は自分の道筋が間違っていないという確信を持っていた。
いつしか、とある街にたどり着き、ランスロットは宿を取る。
ギルドのある街から随分と離れてしまい、
そんなことを考えて眠れない夜を過ごしていたランスロットはベッドの上で、
――コンコン
と、控えめに扉を叩く音を聞いた。
扉に近づき、耳をそばだてて向こうの気配をうかがうが何も感じなかった。開けるべきか、否か。
判断に迷っていると、
――コンコンコン
と、再びのノック音。
「誰だ?」
「……」
だが、返事はない。迷ったが、逃げることにした。万が一、ヤツだったら、戦うだけ無駄だ。
窓を開けて、体を乗り出す。
「こんばんは」
そして、
――バシャッ
と、はじける様な音がして、生ぬるい血がランスロットの体を覆った。
部屋の中で真っ赤に染まったランスロットは、黒い鎧を着た騎士と対峙している。金髪の頭部を小脇に抱え、豪華な鎧の重さにきしむ床に正座したエリナのことをまじまじとランストットは眺める。
「デュラハン……お前は俺の死を予言しに来た。つまり、俺はもうすぐ死ぬってことだよな……」
「えぇ、そう」
悪びれる様子もなく、
「えらくはっきり言ってくれるな」
「まぁでも、これは警告と、そうとってもいいわね。これ以上、『ベゼル』と関わるなという意味での」
「ベゼル?ラインハルトを追っているアイツのことか?」
「そうよ、あれは人がかかわってはいけないモノ。この世ならざる、私たちの
かわいそうだけど、そのラインハルトのことは諦めるしかないわね」
「呪いなら必ず解呪する手段があるはずだ」
ラインハルトは、魔法使いとしての経験を踏まえて、そう言った。
「いいえ、そんなことは出来ない。今、ラインハルトがやっていること、つまりただ逃げ続ける、それが正解。それが死すべき
「それはいつまで逃げればいいんだ?」
「さあ、そんなことは知らないわ」
「ラインハルトはこの先、あいつから逃げ続けるだけの一生を送るってのかよ。何か手段があるんじゃないのかッ!」
「……あんまり調子に乗らないでね。私は今、とてもサービスをしてるのよ。友達のミミクルに良くしてくれてるギルドのメンバーだから。でも、これ以上は教えないわ。
もう帰るわよ、私とっても忙しいの」
黒騎士は立ち上がって、扉に手を掛けた。真っ暗な廊下から漏れ出した闇に溶け始めている。
「待て。もし、俺がラインハルトを追いかけるのを、そのベゼルとかいうのと関わるのを止めたらどうなる?
――死なないのか?」
「それはわからないわ。私の仕事は死の予告に過ぎないし、人が必ず死ぬ以上、私は誰の前にもいつかは現れる。そういう存在なのよ」
「待てッ!」
しかし、闇が答えを返すことはなく、ランスロットは肩を落とした。
「とりあえず、シャワーだな……」
ランスロットは自分で自分の匂いを嗅いで顔をしかめた後で、シャワーを求めて階下へと降りていった。
ラインハルトは”記憶”を取り戻していた。
あれを最初に認識したのは、9歳の時。『ベゼル』という名前のそいつは、ある
だが確かなのは、そいつは自分の命を犠牲にその呪いを完成させた。
ラインハルトが生まれたとき、ベゼルが俺の両親を殺した。
9歳の時には、好きだった女の子と面倒を見てくれた祖母がその刃に引き裂かれた。
そのことをラインハルトは先日、18歳の誕生日を迎え、ベゼルが彼の前に三度現れるまで、忘れていた。
ベゼルの厄介なところはそれだ。
9年ごとにラインハルトのもっとも大切な人を殺していくベゼルは、彼ら、彼女らを殺した後、ラインハルトの記憶を消す。また9年が経ち、ラインハルトに新しい大切な人が出来た頃にやって来て、『記憶』をラインハルトに与える。
ラインハルトの前から消えている間は、誰にも認識できない。呪われていることすら認識できないから、解呪ももちろん、不可能だ。
なんていやらしい呪いなのだろうか。どうせベゼルに殺されるだけだから、大切な人なんて作らず、一人孤独に生きる。そんな諦めさえも許さない、徹底した怨念の生み出した産物。
この呪いを考えたヤツはよっぽど俺の両親を憎んでいたのだろうと、ラインハルトは思った。両親を殺すだけでなく、その子供である俺の人生がこれでもかと苦しみに満たされるように、そう願って『ベゼル』という呪いを作ったのだ。
――その罠にまんまと引っ掛った、間抜けな俺はこの9年の間にランスロットという無二の親友を得た。
だから、逃げるしかない。逃げ続ける以外にない。
9歳の時の経験から、俺は学んだことがある。
あいつは俺に段々と近寄ってくるのだ。
忍び寄るように、地面を這うように、いつのまにか夜の
ゆっくりと、ゆっくりと。
ベゼルが俺にいつか触れるまでは、あいつは俺の親友を殺さない。
逃げることだ。とにかく、どこまでも逃げることだ。わき目も降らずに逃げることだ。
ギルドのあるマチを出てしばらく経つが、ベゼルはラインハルトとの距離を縮めることが出来ていない。
あいつの追跡機能は完全ではないらしく、上手く気配を消せばしばらく見失うこともあった。このまま永久に逃げきることが出来れば、ランスロットの命は助かる。
そんな風に、街道を急ぎ足で進むラインハルトの前に、一つの影が立ちふさがった。
――見失ったッ!?
ラインハルトのことじゃあない。突然、ランスロットはベゼルの行方を見失い、
何かがきっかけで呪いの隠された機能が実行された、そう、確信する。そして、それは間違いなく、ヤツがラインハルトに近づくための
ラインハルトとベゼルが出会った時、何か恐ろしいことが起こる。それは、ランスロットが仮に魔法使いでなくても、簡単にわかることだ。
――つまり、”デュラハンの預言”が、”俺の死”が、現実のものになる。
だが、
ラインハルトがヤツから逃げ続ける限り、そして俺がヤツに近づかなければ、預言は外れることもある、と。
近づくな。これ以上、近づけばオレもラインハルトも死ぬ。
余計なことをするな。これ以上、余計なことをすれば、ラインハルトも巻き込む。
脳内の警戒信号をランスロットは振り払い続けた。だが、それは頭の中でけたたましく鳴り響き続けて、どんどんと大きくなっていく。
迷惑だったのかもしれない……ラインハルトにとって俺はただウザいだけの存在だったのかもしれない。だから、ラインハルトは俺に
坂の上にある、沈みゆく夕日があたりを血のような赤色に染めている。
その太陽の中に影が一つ。不気味なカゲは
呆然と立ち尽くし、坂の上に先回りしたベゼルの姿を見つめているラインハルトの背中。ようやく一つの呪いと呪われた一人に追いついたランスロットは、
「近寄るなッ!」
背中越しにラインハルトのそんな怒声を聞いた。ランスロットは、それでもラインハルトの声を聴いて嬉しくなった。
「ラインハルト……」
「ランスロット、これ以上近寄るなッ!」
「俺は……」
ランスロットはそれ以上、言葉を発することが出来なかった。だが、前に進む足取りは止まらない。
「分かってるさ、ランスロット。お前が簡単にあきらめないことなんて……。だから、俺は逃げたんだッ」
ラインハルトがおもむろに振り返り、その両手を前に構えた。
「止まれっ、ランスロットッ!!!」
歩みを止めないランスロットもその
「上級魔法・
「上級魔法・
街道に人影がないのはふたりの持つ強運と言ってもいい。そうでなければ、その人影は死んでいただろう。雷と嵐が激しくぶつかり、地形が変わるほどの衝撃があたりを覆い尽くす。
雷鳴によって昼と見まごうほど明るい、砂埃によって夜と見まごうほど暗い、
「ラインハルト、俺は負けないッ」
「俺は負けるわけにはいかないッ、ランスロット」
「ラインハルト、お前を俺は救いたいッ」
「俺はお前を助けたいッ、ランスロット、」
「だから……」
「……だから」
ふたりの魔法使いが生み出す、ふたつの雷鳴とふたつの風音が中心で生み出す
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