ミミック娘、危機一髪
ざわめきが鼓膜を揺らし、ミミクルはまわりに人間がいることを悟った。
「おい、誰かここに宝箱おいたか?」
「いや、知らないよ。ギルメンの誰かがクエスト報酬で貰って来たんじゃない?」
「宝箱ごと?」
「あれでしょ。中身よりも包装の方が高いみたいな、額縁の方が中の落書きよりも高い絵みたいな。中身は大したことないから、仕方なく宝箱の方を持って帰ってきたんだよ」
「そういうもんか?」
「そういうもんでしょ」
強い魔力の持ち主を二人、ミミックの本能が感知して、ミミクルは体をこわばらせた。
「んじゃ、昨日の続きな。昨日は大分、
もし、今日勝ったら破産するまで飲ませてもらうぜッ」
「あぁ、望むところだ。また人のお金で楽しく飲ませてもらうよッ」
感知した、ふたつの強大な魔力の源が力をため始める……。
(これってヤバくない?)
「いくぜッ、中級魔法・ツインライトニングッ!」
「おりゃあ、中級魔法・ダブルストームッ!」
突風が吹きすさび、雷鳴が鳴り響く。
――光、嵐、雷。
それらがミミクルの外殻を傷つけ、痛めつけた。
(地上は地獄だったんだ。ダンジョンの方がずっと安全だったんだ……。
なんでなんで、こんなところに来ちゃったんだろう?)
早すぎる後悔に苛まれながら、ミミクルは攻撃に耐えていた。
宝箱を開けてしまえば、間違いなく殺される。
「まだまだ全然、余裕だな……」
「嘘つけよ、汗かいてるぜ」
「お前の方こそ……」
「まだまだいけるよッ!」
「うぎゃあああああ、もう無理。耐えられないッ!」
ぴしりと音を立てて宝箱にひびが入り、ミミクルはその正体を現した。
ミミックとはそういうモンスターなのだ。
宝箱を攻撃されれば、耐えられなくなって正体を現す。
哀しき宿命がミミクルの寿命を縮めた。
もう助からない。
(お母さん、お父さんごめんなさい。顔見たことないけど……)
ミミックはたとえ家族でも宝箱の中身を見せたりしない。誰かに姿を見せる時、それは死ぬ時だからだ。そんなどうでもいいミミック豆知識が走馬灯のように頭を駆け巡った。
「おいおい、こいつミミックじゃねーか」
「ミミック?なんでこんなところに?」
「なんだ、誰かがダンジョンからモンスターを連れてきたのか?
そんなことするやつはこのギルドには一人しかいねーな」
「そんな変わりもんはこのギルドに一人しかいないね。
わざわざダンジョンからミミックを誘拐してくるような奴なんて」
「アァァァーーーサアァァァーーー」
「アァァァーーーサアァァァーーー」
二つの叫び声がギルドの訓練場に響いた直後、地面に砂ぼこりが舞う。
「二人とも呼んだ?」
ずさぁああっと音を立て、地面を
「あぁ、呼んだとも。アーサーお前、このミミックはなんだ?」
「アーサー、これは何?モンスターをギルドに誘拐するのはやめろって言ったよね」
「お二人さん、私はね別に連れてきたいって思って連れてきたんじゃないのよ。
あのモンスターは私の意志とは無関係に、勝手に付いてきたのよ。
わかったかしら、ランスロットにラインハルト?」
「言い訳すんな」
ランスロットが言った。
「言い訳はいい」
ラインハルトが言った。
「それでこいつはどうする?」
「どうするってモンスターは討伐するしかないだろ?報酬は出ないだろうけどね」
「私は反対よ……だって、研究したら面白そうじゃない。ミミックって私、初めて見たし。中身、こうなってるのね……あら、とってもかわいい女の子」
宝箱から飛び出してばたりと体を半分、その外に投げ出していたミミクルはアーサーと呼ばれた女とぱちりと目があった。長い黒髪がミミクルの顔に向けて垂れ下がってる。彼女が
「私、アーサー・ハーブロンド。よろしくね」
「あ、どうも……」
「人間の言葉、話せるのね?」
「あ、はい一応。人間の言葉はエリナに教えてもらいました」
「エリナって誰?」
「エリナっていうのは……」
「おい、アーサー、お前気を付けろよ。ミミックってのは冒険者を騙すもんだ」
「冒険者を騙して食べるのがミミックっていうやつだ。アーサー、気を付けろ」
「それもそうね。
ちょっとかわいそうだけどモンスターには変わりないし……。
いいわ、ヤッちゃってお二人さん」
「オーケー!」
「了解ッ!」
二人の魔法使いが二つの魔法陣をそれぞれ描く。つまり、全部で4つ。
ランスロットと呼ばれた魔法使いが雷の魔法を、ラインハルトと呼ばれた方が嵐の魔法をそれぞれ両手に構えた。彼らはおそろいのローブを着て、おそろいのオールバックにした銀髪。
ミミクルには二人の区別がつかなかったが今、そんなことはどうでもいい。
終わった、これは完全に終わった。
せっかく、ダンジョンから出てきたのに人間の食事をひとくちも口にできなかった。
冒険者が食堂や市場で口にしてきて、ダンジョンの中で噂を口にした
――唐揚げ、ビーフステーキ、グラタン、かつ丼、カレー
そんなミミクル憧れのきらめく星のような品々。
でも、夢は叶わなかった。贅沢は言わない。せめて、
――せめて、最後に桃、食べたかったなぁ……
その時、ミミクルは聞き飽きた音を聞いた。
ぐーーーーーーーーー。
耳慣れた場違いな音が訓練場に響く。
ランスロットとラインハルトがよく見るとあまり似ていない顔を見合わせた。
「ぷっ、こいつ死にそうなときに腹の音って」
「ふふっ、こんな時に腹の虫がなるって」
二人の手の中の4つの魔法陣が消え去った。
「アーサー、やっぱりやめだ。なんか気分悪い」
「殺せないよ、アーサー。いい気持ちはしない」
「わかったわ、お二人さん。殺すのは食事の後にしましょう。
ミミックさん、お腹減ってるのね?最後に何か食べる?
ミミックって何、食べるのかしら」
思わぬ提案にミミクルは、壊れた
ミミクルはあこがれの食堂でクビを長くして、料理が運ばれてくるのを待ち侘びていた。キッチンから漂ってくるおいしそうな匂いと調理音に限界まで空腹をかきたてられ、涎をだらだらと流した。
まもなくして、きらびやかな宝石のような、山積みになった金貨のような食べ物たちがつぎつぎにテーブルに運ばれてくる。
「いただきますッ」
礼儀正しくそう言って、ミミクルは一口。えもいわれぬ幸福感に満たされ、ミミクルは宝箱ごと、宙に浮いた。
「私はアーサー、アーサー・ハーブロンド。食いしん坊のミミックさんよろしくね」
「私(むしゃむしゃ)、ミミクルって(はふはふ)いいま(ごっくん)す。
エリナが(がぶり)、つけて(はむはむ)くれました」
「食べるか話すかどっちかにしてほしいんだけどね……」
ミミクルが食事を終えるまで話すのは無理だと結論付けたアーサーは、先に食事を済ませ、ミミクルが食べ終わるのを待ちながらぽつりとつぶやいた。
「こんなこと言うのはなんだけど、ここの食堂かなり評判悪いのよね……」
頬杖をついて、退屈そうに絹のように細く、長いつややかな黒髪をかき上げるアーサーの仕草はうぶな少年が見たら卒倒してしまうほどの色気にあふれている。
「……あれ?」
ミミクルが気づいた時には、テーブルの上には空っぽのお皿だけが残っていた。皿というのは食べてはいけないとアーサーにさっき教わったので我慢したが、そうでなければ物足りないミミクルはそれを口にしただろう。まぁ、お皿はおいしいものではないけれど……。
「それでエリナっていうのはだぁれ?」
「エリナは
「
退治すればいいお金になりそう」
「退治はしないで欲しいです。大事な友達なんです……」
「……そう」
会話の内容にさして意味はなかったようで、興味なさげな様子のアーサー。
その彼女がおもむろに席を立つ。
「さて、満足した?それじゃあ……」
「……」
やっぱりここで殺されるんだ、私……ミミクルはうなだれた。
「それじゃあ、ここの代金払ってもらえる?」
意外な言葉が、ミミクルの耳に入る。
「……あのお金、持ってないです」
「え?」
「え?」
「いや、私もお金持ってないわよ。
あなたミミックでしょう。そんななりしてるんだからお金くらい持ってるわよね。
金貨一枚でいいのよ。探せばどこかにあるでしょう?」
「私は宝箱ですけど、中身はからっぽです。
だから、何もないです……」
「――困ったわね、あてにしてたのに。私、ギルドで稼ぐお金より出ていく方が多いのよ。だから食事もままならなくて、久しぶりにご飯食べようと思ってあなたを連れてきたんだけど」
「……すみません」
どうもアーサーという女性がミミクルを食堂に連れてきたのは、ミミクルに同情したからではなかったようだ。
どうすることも出来ず、二人して途方に暮れていると、
「アァァァーーーサアァァァーーー」
せまい食堂いっぱいに雷鳴のような怒声が響く。
「アーサー!おい、アーサーはいるか?」
「はい、ギルマス」
白髪の中肉中背の男性が怒鳴りながら食堂に入ってきたかと思うと、アーサーがいつの間にかその男性の前に”気をつけ”の姿勢で直立している。目にもとまらぬ速さでアーサーはミミクルの前から消えていた。
「またお前、借金取り殴り倒したんだってな。ウルフ商会から苦情が入ったぞ」
「すみません、でも……」
「でも、じゃない!このままじゃ、ギルドでもかばいきれなくなるぞ」
すいません、すいませんと繰り返し、アーサーはその背の高い体を直角に折り曲げて、謝った。やがて短いお説教の終わりを見極めて、アーサーはこう切り出す。
「あのギルマス……ひとつお願いがあるんですけど……」
「なんだ?金以外の相談ならなんでも乗ってやる」
「いや、その……実はここで食事したんですけど、お金がなくって……」
「金の話じゃねーか、皿洗いでもしろ。
しょうがねえ、俺が話付けてやるよ」
ギルマスと呼ばれた男が食堂の奥に入っていき、そして出てきた。
「おい、アーサー。話付いたぞ」
「いや、ギルマス。私これから、やらなきゃならないことがあって、皿洗いはちょっと……そうだッ!
かわりにこの子がやります。
見てください、この娘。
絵にかいたような金髪碧眼美少女。
いいでしょう、かわいいでしょう。
食堂の看板娘になりますよ。
このさびれた食堂もあっという間に大人気に!」
「ん、なんだ?こいつ、モンスターじゃねえか。お前、また連れてきたのかよ」
「いや、あの時のは違いますって……あれは勝手に付いてきただけなんです。っていうか、今回も違いますからねッ!この娘はなんか訓練場にあったのを、ランスロットとラインハルトが見つけたんです。
私はただ、この娘にご飯奢ってもらおうって思っただけで……」
「ふーん、ま、なんでもいいや。
お前っ、ミミックのお前ッ!」
「はいッ!」
突如、迫力のあるまなざしに見つめられて、ミミクルは岩に押しつぶされそうな圧迫感を感じた。射るような目線に、ミミクルは肉体を貫かれ上ずった声で返事をした。
こんな圧力を持つ人間は冒険者の中にもそうそういない。長い年月の間、ミミクルはダンジョンの中で何百人も冒険者を見ている。だが、ここまでの雰囲気を持ったものは指で数えるほどしかいない。さっき殺されかけた時、その異常な一瞬に感じたそれとすら比べ物にならないくらいの圧迫感は紛れもなく、強者の証だ。
そんな彼ににらみをきかされ、ミミクルは水風呂に飛び込んだ時のように背筋に悪寒が走った。
(今度こそ、もうダメだ。一巻の終わりだッ!)
今日だけで何度目かわからない死の覚悟を決めたミミクルに、ギルマスと呼ばれる老人はこう言った。
「お前、ここで働くならギルドメンバー登録が必要だから、後で事務に行ってこい。
じゃあなアーサー。しっかり働いて、きりきり金返しな。
俺は忙しいからもう行くぞ」
「お疲れ様ですッ!」
アーサーが食堂を出ていくギルマスの背中に向けて、90度の角度でお辞儀をしていた。
「お疲れ様です」
ミミクルも真似して、お辞儀をした。
ギルマスという人に決して逆らってはいけない。ミミクルの『ミミックとしての本能』が、そう言っていた。
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