第65話


「デュラン……」

「どうしてそんなに庇い立てるんだ、トリニティ」

「だって……ローラはとても良い子じゃない?」

「そうだな」

「なら少しは……」

「はぁ……」


溜息を吐かれてしまえば、これ以上ローラを勧めるわけにもいかずに押し黙る。

デュランはいつもダリルの幸せばかりを考えている。

けれどデュラン自身の幸せはどこにあるのだろうかと問いかけたくなる。

それに令嬢達との交流はあるものの、婚約や結婚にも消極的である。

その事が気になっていた。


「貴方は婚約者も作らないから……」

「ああ、別に欲しいとは思わねぇ」

「……でも」

「ダリルが幸せなら、それでいい」

「…………」


デュランは表情ひとつ変えずに答えた。

周囲に何も悟らせないようにするのだ。

それに全てを持っているように見えて、何一つ持っていない。

デュランしか分からない何かを理解することはとても難しいような気がした。


「何か出来ることがあったら協力するわ。わたくしが、いつでも相談にのるから」

「……」

「デュラン……?」 


ピタリとデュランの手が止まる。

紙を渡そうとするが、一向に受け取ってもらえない書類に首を傾げた。


「こんなに良い女だって知っていたら、あの時に婚約を受けておけば良かったな……」

「え…………?」


深い海のような瞳と目があった。

困ったように笑うデュランに何て言葉を返せばいいか分からなかった。

あの時というのは恐らく、デュランに『婚約者になってほしい』と頼んだ時のことだろうか。


「ははっ……! 冗談だ、間に受けるな」

「なっ……! 分かっているわよ!」

「これからも良い友人でいてくれ。お前といると飽きなくていい」

「デュラン……わたくしは玩具じゃないんだけど?」

「ふーん?」

「もう!」


いつもの調子に戻ったデュランにホッと息を吐き出した。

その後は何も考えないように、ひたすら手を動かしていた。

ダリルの笑みがチラリと脳裏に思い浮かぶ。

デュランのローラに対する態度の理由が分かったような気がした。

書類整理が終わった頃、一息ついていると……。


「ねぇ、デュラン」

「なんだ?」

「これって……ローラの荷物よね?」


ソファーの横、影になって分からなかったがローラの荷物が置かれていた。


「もうすぐ午後の授業が始まるのに……」

「そうだな」

「ローラはここに戻ってくるつもりだったのかしら? もうすぐ施錠しなければならないし、書類を頼んでから大分時間が経つわ」

「……まさか、またアイツか?」

「デュラン……わたくし嫌な予感がするの」

「同感だ」

「探しに行きましょう!」

「……ああ」


ローラの荷物を持って立ち上がった。

扉を施錠して生徒が疎に歩いている廊下を早足で進んでいく。


「わたくしは裏を見て回るから、デュランはあっちをお願い」

「分かった……気をつけろよ」

「勿論」


ローラを探しに校舎の裏を走った。

(人気がなくて、マロリーが考えつきそうな場所ってこの辺のはず!)

そこには予想通り、複数の御令嬢とマロリーが壁で誰かを囲んでいる後ろ姿ーー。


「ちょっと貴女達! もうすぐ授業が始まるわよ!?」


後ろから大きな声で問いかけると、鬼のような形相をした令嬢たちが一斉に振り返る。

姿を見て、焦った様子で急いで顔を伏せた。


「トリニティ様だわ」

「はっ、トリニティ様よ!!」


そんな声が聞こえた途端、蜘蛛の子を散らすように令嬢達が去っていく。

しかしマロリーだけは堂々と悪びれもせず、その場に残って立っている。

最近、絡んでこなくなったマロリーは、どうやら次の狙いを定めたようだ。

コンラッドやダリルと同じクラスで、生徒会候補にもなっているローラは元平民だ。

そうなれば、当然妬みや嫉みも受けることもあるだろう。

マロリーのターゲットは『トリニティ』ではなく『ローラ』に移ってしまったようだ。


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