第40話


声を上げたのは、デュランだった。


「…………デュラン、殿下?」

「お前がダリルとちゃんと話をしたのは顔合わせの時と誕生日パーティーだけだろう?」

「そう、ですけど……」

「トリニティはダリルの申し出を全面的に受けるという事でいいんだな? 婚約は並大抵のことでは解消されないぞ?」

「……!」

「婚約するのなら、もう少し互いの事をよく知ってからでもいいんじゃないか?」

「はっ……! 確かにそうですわね」


トリニティは「その手もあったか……」と納得するように頷いた。


「……兄上は少し黙ってて頂けますか?」

「『ダリルがトリニティを振り向かせたらその時点で婚約する』それでどうだ? 単純だろう? トリニティが他の誰かを好きになる。もしくはダリルに最後まで靡かなければダリルは潔く諦めて手を引く……とかな」

「……っ」

「ゲームはフェアじゃないと詰まらない。そう教えたよなぁ、ダリル」

「そうですねぇ」


バチバチと火花を散らすダリルとデュラン。

何やらIQが高そうな会話が目の前で繰り広げられているが、一人で置いてけぼりである。

一触即発の空気……今にも殴り合いそうな二人の間に入って必死に手を振り上げる。


「ーーーストップ! 兄弟喧嘩は、わたくしのいないところでお願いしますッ!」

「「…………」」


折角仲良くなった兄弟が、自分が原因で喧嘩をしたら後味が悪いではないか。

静かになった二人を順に見た後に小さな溜息を吐いた。


「とりあえず分かりました! そのルールでお願いします」

「トリニティ様……」

「デュラン殿下の提案は、何となく素晴らしいような気がします」

「お前、ルール分かってるのか?」

「分かっておりますわ! 兎に角、平等な条件で真っ向勝負ということでしょう?」

「まぁ……それでいい。その代わりダリルを避けるのも逃げるのもなしだ。真っ向勝負だからな」

「……!?」

「さぁ、この話は終わりだな」


デュランはパンッと手を叩くと片手を上げて侍女を呼んだ。


「さぁ、用が済んだならさっさと帰れ」

「……ちょっ、デュラン殿下!?」

「またな、トリニティ」


何か言いたげに口を開いたトリニティは侍女に連れられて行ってしまった。

それを笑顔で手を振りながら見送る。

暫く黙っていたダリルは静かに口を開いた。


「どういうつもりですか? トリニティ様には『興味ない』って言っていたじゃないですか」

「まぁな……」

「まさか兄上もトリニティ様を……?」

「だとしたら、お前はどうするんだ?」 

「…………」

「ははっ、お前のそんな怖い顔は初めて見たぞ?」

「……悪い冗談なら今すぐに撤回してください」


怒りをあらわにするダリルを諭すようにデュランは問いかけた。


「お前がやろうとしてんのは、トリニティが拒否しているにも関わらず、権力使って囲っているに過ぎない。俺だったら絶対にそんな奴を好きにはならない」

「…………!」

「……本当は、分かっているんだろう?」


ダリルはグッと手を握り込んだ。


「トリニティ様がもし誰かを好きになってしまったら……そう思うと怖くて堪らない。こんな浅ましい気持ちになるなんて……」

「それはトリニティが決める事だ。相手の意思を尊重するなら自分の欲を飲み込め」

「頭では分かっています…………こんなの僕らしくないって。でももしも、兄上が僕の邪魔するなら容赦なく潰しますから」

「まぁ……可愛い弟に、潰されるのなら悪くはないな」

「……!」

「…………」

「兄上……ごめんなさい。本当はそんなこと思っていませんから!」

「……知ってるよ。冗談だ」


心配そうに此方を見ているダリルの頭を優しく撫でた。

まるで必死に宝物を取られまいと虚勢を張る子供のようだ。

大人びて見えても、まだまだ心は幼いのだろう。


「僕の何がいけないんでしょうか……? 好意を伝えようとする程、トリニティ様の心は離れていく気がするんです」

「ダリル……俺もお前が幸せになれるように協力してやるから。あとは時間を掛ける事だ。トリニティには時間が必要だ。その間に出来る事を考えればいい」

「はい……!」

「よし、いい子だ」

「子供扱いしないで下さいっ」

「まだまだ子供だろう?」

「なっ……! 兄上だって」

「はいはい……兎に角、大丈夫だから。落ち着いて頭を冷やせ」

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