第36話


「……え、えっ!?」

「僕も同意したつもりはないのですが……。それに記憶がぼやけてしまって思い出そうとすると、何故か頭が痛くなる…………母上も同じ事を言うんです」

「それって……」

「記憶が朧げで……リュートが来てからはそんな事はないんですが、三年前辺りを思い出そうとすると何故か上手く思い出せないんです」


ダリルの言葉を聞いて、これはマーベルを思い出せないことと何か関係がありそうだと思った。

しかし令息達の顔合わせが潰れた理由。

婚約者がずっと出来ない理由。

お茶会やパーティーに誘われなかった理由はトリニティが嫌われている訳ではなく、全てダリルの母親である王妃が手を回して堰き止めていたようだ。


ダリルの話によると、もうそれもリュートがいる時には解除されていたようだが、今までのイメージか、王妃の意思を汲んでか、何となくトリニティを誘ってはいけない雰囲気のままここまで来てしまったようだ。

あのパーティーの後にダリルから話を聞き、その事に責任を感じた王妃によって、キチンとトリニティの事情を説明して回ってくれていたようだ。

トリニティが表舞台に出てきた事によって、次第に誘いも来るだろうとダリルは続けた。


「もっと僕が早くに気付いていれば、トリニティ様が寂しい思いをせずに済んだのに」

「頭を上げて下さい! ダリル殿下のせいでは……」

「いいえ……許される事ではありません」

「…………っ」


謝罪するダリルに困惑したトリニティはチラリとデュランを見るが、彼はただ成り行きを見守っているようだ。

何度も頭を上げるように頼むが、なかなか頭を上げようとしない。


「じゃあ、いま許しますッ! 頭を上げて下さい」

「……ですが」

「もうっ……!」


無理矢理ダリルの頬を掴んで持ち上げる。

ダリルはキョトンとした後に嬉しそうに笑った。

その顔が美し過ぎて見惚れていると、優しくトリニティの手を取ったダリルは手の甲に口付けた。

それに気付いてバッと手を後ろに回す。

その反応を見ながらもダリルはニコリと笑ったままだ。


「こ、こういうのはっ、やめて下さいませッ」

「トリニティ様、僕はずっと気になった事があるのですが、聞いてもいいでしょうか?」

「…………?」

「何故、トリニティ様は熱心に王妃教育を受けていたのですか?」

「え………………?」


その言葉を聞いて唖然としていた。

ダリルの口から明かされる新事実……今まで不思議に思いつつも、なんの疑問もなく城で受けていた事は『王妃教育』だった、という考えが頭を巡る。

「少し期待していたんです。僕との関係を前向きに考えてくれるかも……なんて思って」と少し悲しげな笑みを浮かべながら言った事に空いた口が塞がらない。


確かにダリルの立場から見れば楽しげに王妃教育をするトリニティに期待をかけてしまうのも頷ける。

しかし城で楽しんで受けていたアレやソレは、トリニティが優秀だからではなく王妃教育だったとは思わずにショックを受けていた。

(……お父様とお母様の口車に上手く乗せられたのね。わたくしのばかばかばか)

モブになる為に頑張ってきたつもりが、まさかのまさか……知らぬ間にダリルの婚約者としての道を最短ルートで突き進んできたきたようだ。


「それはスキルアップしようと……! まさか王妃教育だなんて」

「やはり……そうでしたか。そんな姿を僕も見ていて、貴女と結婚する為に……トリニティ様に好きになってもらえるように必死で努力したんです。貴女の理想になれるように」

「……それってまさか、あの時の」

「理想の男が現れたら結婚するって言っていたでしょう?」

「そう……でしたっけ?」

「誤魔化そうとしても無駄ですよ? 一語一句、申し上げましょうか。思い出すまでじっくりと……」

「あっ……あぁ、思い出しました」


初めて会った時にモジモジと恥ずかしそうにしていた気弱なダリルは、相当腹黒く拗らせてしているように見えるのだが、気のせいだろうか。

(オイ、俺様で誰にも興味がない冷めたキャラはどこいった……!)

そんなツッコミも心の中で消えていく。


「どうすれば、僕の事を好きになってくれますかね。貴方の理想になれるようにいくらだって努力しますが」

「……い、いくらダリル殿下が頑張ったとしても、わたくしは貴方の婚約者にはなりたくないのですッ」

「理由を……理由を教えてくださいませんか?」


理由は将来、ヒロインと出会う事で本物の愛を知って、皆の前で婚約破棄されてしまい森に投げ捨てられる可能性があるからなんて言える訳もない。

それに加えて、学園に入るまで不安だからなんて言えない。

しかし一番の理由はめんどくさそうだからなんて……。

(ーーーー言えねえぇぇっ!!)

心の中で大絶叫である。


「僕に納得出来る理由を話してください」

「いっ、今は理由は言えません!」

「トリニティ様、お願いします……貴女に拒絶され続けるなんて悲しいです」

「…………!」


純粋で真っ直ぐな好意に絆されそうになっていた為、自らを落ち着かせるように大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。

長期戦になるのは避けたかったが、思春期の心変わりは良くある事だ。

(学園に持ち越す! それに賭けよう)


そう思って、この場を切り抜ける方法を懸命に探していた。

なんとか学園までに持っていって、ヒロインに心変わりをしてもらった後、トリニティの事を綺麗さっぱりと忘れてもらうのは如何だろうか。

(今、乗り切るにはこれしかない!)


「でしたら、学園の卒業パーティーまでにダリル殿下の気持ちが変わらなかったら婚約致しますッ! その条件で如何ですか!?」

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