第37話

ヒロインに心変わりする可能性だってあるかもしれない。

ダリルから逃れるチャンスだってまだあるかもしれない。


「……その代わり、此方も条件をいいですか?」


ダリルの言葉にピクリと肩を揺らした。

まさか逆に条件を出されるとは思っていなかったからだ。

ゴクリと唾を飲み込んだ後、問いかける為に恐る恐る口を開いた。


「な、何でしょうか……」

「互いに、卒業パーティーまでは婚約者は作らないようにしましょう」

「え……?」


ダリルの視線は明らかにデュランの方向を向いている。

デュランを牽制しているようだが、彼はそんな視線を嘲笑うように軽く躱していた。

けれどお互い婚約者を作らないという事は、万が一の逃げ場も作れないという事だ。

それにダリルはいいかもしれないが、トリニティは完全に行き遅れるではないか。

(なんて恐ろしい子……! 一瞬で逃げ道を塞いでくるなんて)


自分優位に立ち回ろうとすると、一瞬で目の前に立ち塞がるダリル。

ダリルの恐ろしい一面と、トリニティへの執着も理解した。

まだまだ子供だと思って甘く見ていたが大人顔負けの頭の回転の早さである。

(ゲームのダリルはこんなに頭が良いキャラじゃなかったのに……!)


「始めに言っておきますが、僕は何があっても心変わりすることはありませんから」

「そ、そんなの……! 未来の事なんて誰にも分からないわ」

「僕には分かりますよ」

「…………っ」


さりげなく逃げ道を塞いでくるように攻めてくるダリルに防戦一方である。

まさか逆に条件を提示されるとは思わずに心の中では狼狽えていた。

此方が先に条件を出した手前、引くに引けなかった。

しかし、表情だけは動揺を見せないようになんとか取り繕う。


「わたくしは……」


『目指せモブ』

そう決意してから、毎日努力してきた。

何の強制力なのか、形は違えどダリルの婚約者に収まろうとしている悲しい現実。

けれど、もし学園でダリルとヒロインと結ばれて婚約破棄した場合はどうなるのだろう。

向こうは立場が上で此方が捨てられてしまえば訳あり令嬢としてのレッテルが張られて、今までの努力が水の泡だ。


(いや、ちょっと待てよ……ダリル殿下の都合で婚約破棄した場合って慰謝料とか貰えるんじゃない!? だってダリル殿下が心変わりしても、わたくしがヒロインに手を出さなければ此方に非はないもの!!)


そしたら、その後も自由になる事が出来るし、金も貰える。

(そうよ……! 契約書を書いてもらいましょう!)

問題が先延ばしになってしまうが、今ここでダリルの申し出をそのまま受けるよりはマシだろう。

こうなってくると、逆に婚約していた方がいいのではと思えてくる。

けれど契約してしまえば、もしヒロインがダリルを選ばなかった場合は、腹を括って結婚しなければならないのだろうか。

ダリルは理想の男に努力しようとしてくれるのだから悪い条件では無いのか……!? 

(性格は置いといても、イケメンでお金持ちという条件も満たしている……というか将来そうなることを知っているだけだけど。いや……そんな甘い話を鵜呑みにして今まで痛い目を見てきたじゃない!)

トリニティの脳内では激しい戦いが繰り広げられていた。


「……ダリル殿下って、身長が高くてイケメンで包容力があって、家族を大切にして、思いやりがあって、いつも明るくて笑顔が爽やかで、スポーツ万能で、頭が良くて、お金持ちで、わたくしを海のように広い心で優しく見守ってくれる一途な男らしい素敵な男性を目指しているのですよね?」

「はい、貴女を大切にして幸せにしたいとそう思っていますよ?」

「わたくしは……」


にっこりと笑みを浮かべているダリルの言葉に絆されかけていた。

その笑顔が真っ黒だという事にも気付かずに……。


何よりヒロインを虐めずに『慰謝料』をブン取れば、後々好きなことが出来るという考えが頭をよぎったことが決め手となった。

こうなった以上、潔く『最短ルート』は諦めようではないか。

長期戦に突入したからには自分がどれだけ得が出来て、楽しい人生を送れるかに重きを置いて努力しなければならない。


熱烈過ぎるダリルの言葉に気持ちが傾きつつあった。

ゲームのキャラクターの『ダリル』とは明らかに違うからだ。

今のダリルならば、もしかしたら……。

(わたくしなら大丈夫……! 上手くやれるわ)

そして「わかりました、婚約致しましょう。婚約を破棄した場合の慰謝料も明記して下さい」と言おうとした時だった。


「ーーーちょっと待て」


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