第30話

先程は大変良い雰囲気であったが、無事にぶち壊せたようで何よりだ。

ハッキリと今ここでダリルに気持ちがないのだと告げて、恋愛対象にしてくれと言ったダリルにハッキリと『ノー』を突きつけたのだ。

つまり恋愛フラグは折ったのだ。今度こそ……!

あとはダリルの気持ちを自分ではなく、他の御令嬢に向ければ良い。

その恋心は気の所為ではないかと言い聞かせ、納得してくれたら万事解決ではあるが、問題はダリルが諦めてくれるかどうかだ。

不安からチラリと窺うようにに彼を見るが、ダリルは全く表情を変えないまま淡々と答えた。


「……どうすればトリニティ様は僕を見てくれるのですか?」

「…………へっ?」

「僕はトリニティ様の思う理想の男性になるために、今までずっと努力してきたんです」

「あー…………えっと、何ですって?」


思わずダリルに聞き返してしまった。

予想外の出来事に混乱していると更に追い込んでいくダリルの『理想の男性になるために』という言葉。

話を聞く限り『トリニティの為に頑張っている』と言っているように聞こえたのだが、気の所為だろうか。

(いや、気の所為じゃない……! どうすればいいの、ケリイィィーッ! ヘルプミー!)


顔を合わせていない間に、ダリルの気持ちが予想外の方向に向かっている。

どうやらダリルに諦めてもらおうと言った『理想の男』になろうと、三年間努力し続けていたようだ。

枯れた心が潤うほどの純粋さに、キュンとする気持ちを押さえつけながら下唇を噛んだ。

しかし、このままダリルの気持ちを受け入れてしまえば、当初の予定である最短ルートとはかけ離れた展開になり、完璧な作戦は砂のように崩れてしまう。


(まさかの長期ルート突入!?)


ここは面倒くさいことになる前にどうにかしなければならない。

ダリルが今はトリニティが好きだと言っていても学園で何が起こるかなんて誰にも分からないし、恋は簡単に人を変えてしまう。

それにヒロインを虐めないと決めても、そういう風に仕組まれてしまう場合だってある。

そして何故、ダリルの気持ちがトリニティに向いているのかを教えてほしい。

今までダリルに気を持たせるような態度を取ったことがあっただろうか?

好きになる要素があっただろうか?

いや、ない……無いと断言出来る。

着々とシナリオとはかけ離れた未来を歩んでいると思っていたのに、数年後に立つことになるフラグを誰が予想出来ただろうか。


(誰か、教えて……!)


それにダリルの性格にも何らかの大きな変化があったようだ。

俺様で冷たい設定の筈が、ダリルはすっかり大人っぽくて紳士的になり、トリニティと渡り合えるほどに的確に返事を返してくるし、隙があればどんどんと責めてくる。

絡んでくる令嬢達も、冷たく接する事もなく笑顔で躱していた。

トリニティになってから実際にエスコートをされたのは初めてであったが、ダリルのエスコートはマナー講師のように模範的で完璧だった。

たった一年会わないだけでも子供は知らない人のように成長するものだ。

親戚の子供がそうだったが「やーい、追いかけてこいよ! クソババア~」とか言っていた生意気な少年が、一年後には何も喋らないか、返事は頷くだけになったりするのだ。


(さて、どうする……? 考えろトリニティ! まだ間に合う! 考えろ)

瞬時に計算して叩き出した答えは……。


「わたくしは……っ、わたくしには……好きな人がいるので無理なのですッ!」

「好きな人……?」

「オホホ、ゴホッ、ゴホ……申し訳ありませんわ! なのでダリル殿下のお気持ちに答えることは出来ませんの。たぶん、ずっと、一生ッ!」

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