第18話
(でも、あんな所に戻りたくない……!)
トリニティの足音がコツコツと響く。
そして徐々に此方に近付いて来た事が分かり、ギュッと目を閉じた。
(お願い……! お母様、たすけて)
そんな時、髪にトリニティの指が触れる感触がして、ゆっくりと顔を上げた。そこには……。
「ハァ、ハアァ……か・わ・い・い」
「!?!?!?」
目の前には恍惚とした表情のトリニティが居た。
そのあまりの勢いに息を呑んだ。
予想に反するトリニティの行動に上手く反応が出来なかったのだ。
そして次に感じたのは温かさだった。
トリニティに抱きしめられていると気付いたのは暫く経ってからだった。
混乱していると彼女は目をキラキラと輝かせながら早口で話しかけてくる。
「こんな弟がずっとずっと欲しかったのー! 夢って叶うものね! 好きなものは何? 甘いものは好き? ふわふわの毛が可愛いわ! ウサギみたいッ」
「…………え?」
突然コンラッドを人形のように抱き締めた後、撫で回し始めるトリニティに、どうしていいか分からずに固まってしまった。
そして追いかけてきた侍女が息を切らしながら此方に走ってくる。
「……お、お嬢様ぁ! こんなところに」
「あらケリー、どうしたの?」
「コンラッド様も走るの早すぎですぅ! 途中で見失っちゃうし、ケリーもう疲れちゃった」
ケリーと呼ばれた侍女から危ないオーラを感じたコンラッドはサッと目を逸らした。
今までの侍女達から感じたことのない雰囲気と言葉遣いに脳がついていけなかったのだ。
「そんなことよりもケリー、見てよ! コンラッドって肌がぷにぷになの! それに、すっごい美少年よ! ここの髪をもう少し整えてね! あぁ……思いきり甘やかしてあげたいわ。わたくしを甘やかすお父様とお母様の気持ちが今ならよく分かる。すっごく可愛いもの!」
「えー! それは素敵ですね! ケリーも大賛成です」
「でっしょう!? なんでこんなに可愛いのかしら? もう一目見た時から、わたくしの心を撃ち抜いたわ。こんな弟がずっとずーっと欲しかったのよ! 妹も素敵だけど、弟もやっぱり可愛いわよね」
「本当ですね~! あ、お嬢様のドレスをお揃いで着てみるのなんてどうですかぁ?」
「最高よ、ケリー。そんなの絶対可愛いじゃない! コンラッドも仲良くして欲しいって言っていたし、宜しくね!」
「ウフフ~! ケリー、頑張っちゃいます!!」
「……よ、よっ宜しく、お願いします」
トリニティに手を引かれるまま歩き出す。
ご機嫌な鼻歌まで聞こえてくる。
どうやら嫌われてはいないようだが、よくわからない身の危険を感じて身震いしていた。
*
フローレス家に引き取られて早数ヶ月……コンラッドは思っていた。
あの時は確かにトリニティから好かれたいと思っていた。
家族皆で仲良く過ごす事が出来たのなら、どんなに幸せだろうかと。
フローレス家に引き取られる時に、叶うかどうかも分からない幸せな夢物語を想像していた。
不安もあったが、心の中では新しい家族に期待を寄せていた。
ーーーけれど
「コンラッド~ッ! やっと見つけた! マナーレッスンはどうだった? 何か分からない事はなかった? 大丈夫だったかしら?」
「ト、トリニティ様……」
「『お姉様』」
「えっ……?」
「出来れば『トリニティお姉様』」
「…………あ、あの」
「そして出来れば『トリニティお姉様、僕と一緒に遊びましょう?』で、お願い出来るかしら」
「……」
「コンラッド、貴方は一度言えば出来る賢い子……そうよね?」
見えない圧がどんどんと此方に迫ってくる。
トリニティの恐ろし過ぎる表情を見て頷いた。
「ト……トリニティ、お姉、様。あの……僕と、一緒に遊びましょう?」
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