第36話 コミカライズ18話 公開予告SS



 ――――マーハティ領 西部の街メラーンガル 領主屋敷にて



 エリーがエルダンの屋敷へとやってきて、商談をしていた頃……その一団に同行していたユンボもまた、己の仕事に励んでいた。


 それはエルダンの屋敷を自らの目でもって取材するというものであり……荷車に隠れ潜みながら屋敷への侵入を果たしたユンボは、その身に匂い消しの香辛料をたっぷりと塗り込み、まぶした上で、白いメーア布を被ってこそこそと、屋敷のあちこちへと足を運んでいた。


 食堂や調理場、洗い場や厠、何故だか大きな蒸気風呂にまで入り込んで観察し、その仔細を手にした紙へと書き込んで。


 そうやってユンボがエルダンの屋敷の隅から隅までを取材し……残す所あと少し、後はエルダンの妻達の部屋だけだとなって、そちらへと足を向けようとすると、剣呑なまでに鋭く尖らせた声がユンボに降り注いでくる。


「そちらの取材は必要無いでしょう」


 静かで落ち着いている声ではあるが、その声には明らかな怒気が含まれていて……ユンボが恐る恐る自分の背後を見やると……自分の背後に立ちながら自分のことを見下している白い毛の犬人族……犬人族の長でありカニスの父でもある、ユンボとしてもよく見知った顔がそこに立っていた。


「なるほど、香辛料で自らの匂いを消すというのは良い手だったと言えるでしょう。

 食堂や調理場であればそういった匂いがするのは当然のことで……理に適っていました。

 しかし他の場所はどうでしょうね? そんな所から香辛料の匂いが漂ってきたなら誰だって不審に思うはずです。

 むしろ犬人族の匂いのままであったなら、下手な工作をしなかったなら……誰ぞ使用人が仕事をしているだけと思ったでしょうに、いやはや全くもって未熟……まだまだですね」


 かつてユンボを含めた犬人族の小型種の面倒を見てくれていたのがカニスで、カニスの父も当然それに深く関わっていて……何度か世話になったことがあり、何度か叱られたこともあり……むしろ叱られることが多かったユンボは、その姿を改めて見てその声を改めて聞いて、毛を逆立たせて震え上がる。


「……そこまで怯える必要はありませんよ。

 件のコミックは、エルダン様も他の長達も楽しみにしている、我が領にとっても大事な娯楽の一つですから。

 その取材ということであれば……まぁ、ある程度のことは目を瞑りましょう。

 ……ただし、コミックに書く必要のない、奥方様達の寝室の取材は看過できませんね。

 その代わりといっては何ですが、自分が見聞きしたこちら側での話をしてあげましょう。

 自分は記憶力が良いですから……そうですね、二日ほどみっちり、休みなく、こんこんと聞かせてあげますよ」


 そう言ってにっこりと微笑むカニスの父に、ユンボは言葉を返すことが出来ず……がくりと力なく項垂れ、そのままカニスの父に捕獲され……カニスの父の部屋へと連行されてしまうのだった。

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