第2話 アルナーと楽器
ある日の昼下がり、イルク村で。
フランシスとフランソワと共に草原での散歩を楽しんで、イルク村に帰ってくると……ユルトの中から何か不思議な音が聞こえてくる。
何か、こう、高く響く……空気が震えるような音だ。
これは一体何の音だろうと私は首を傾げていると……フランシスとフランソワがクイっと顎を上げて、
メァーメァー。
と、声を合わせて鳴く。
2人の表情から察するに、どうやら2人はこの音の正体が何であるかを知っているらしい。
「一体何の音なんだ?」
と、私が尋ねても、2人は返事を返さず……自分の目で見ろと言わんばかりにユルトの方へと視線を向けるだけだ。
まぁ……確かにそれが一番手っ取り早いかと、ユルトへと向かい中に入ると……そこにはアルナーの姿があり、アルナーはあぐら座に足を組みながら一つの大きな……リュートのような楽器を抱きかかえていた。
いや、抱きかかえて、というのは正しくないな。
組んだ足の上に楽器を乗せて、楽器の頭の方を自らの肩へと寄りかからせて……そうして楽器を奏でているようだ。
その楽器はぱっと見にはリュートに良く似た楽器であるのだが……しかしリュートとは決定的に違う部分のある楽器だった。
リュートと違って弦が少なく……そしてその弦を引くのは指ではなく、弓のような形をした……何かの糸が張られた物を使っている。
リュートは多くの弦を指で引き弾いて演奏するのに対し、アルナーのその楽器は少ない……2本しか無い弦をその弓のような何かで引いて、その2本から出てくる音を響かせ合うことで演奏するものであるらしい。
そうした楽器の特徴からか、楽器から発せられるその音はとても高く、長く響いている。
片手で弓のような物を引きながら、片手で弦を抑えて、あるいは弦を叩いたりして次々と音を響かせるアルナー。
その音はたった2本の弦から出る音なのに、まるでいくつもの楽器の音が響き合うかのように複雑な音で……美しいといって差し支えない。
「トゥララ~、鷹が高く~飛んで~、馬のたてがみを~爪で掻き~」
そうしてアルナーはその楽器を引きながら歌声まで上げ始める。
高音と低音を繰り返しながらの波打つかのようなその歌声は、声の高さが変わる度にリズムが変わったりしていて、独特で……不思議な魅力に満ちている。
私が知る歌とは全くの別物でありながら、それでいて聞き苦しいということは一切無く、むしろ聞き惚れてしまう程にその歌声は美しい。
「風を~巻いて~束ねて飛ぶ~、母となった大鷹が~、男の肩の上に立ち~」
歌詞の大体の内容を聞いた感じでは、馬に乗っている主人公が草原で鷹に出会い、鷹と交流していく……と、そんな歌であるらしい。
変わった歌だな……なんてことを考えながら、楽器を演奏し続け、歌い続けるアルナーの顔をじぃっと見つめていると、アルナーはそんな私の視線に気付いたのか、こちらへと顔を向けて来て……何がそうさせるのか嬉しくてたまらないとの笑顔を見せてくれる。
そうやってアルナーは笑顔を私に見せたまま、美しい歌声を上げ続けて―――
メァ~メア~~~メア~~~。
メァメア~~~メァ~~~。
―――と、フランシスとフランソワの歌声がアルナーの歌声に続く。
その歌声は……とてもフランシス達らしい陽気で軽い調子の歌声で……何故だか知らないが、とてつもない脱力感が私を襲う。
「あっはははは。
いや、しょうがない、しょうがないな、これはメーア琴だものな」
歌うのを止めて、だが演奏は続けながら……元気に笑ってそんなことを言うアルナー。
私が、メーア琴? と首を傾げると、アルナーは肩に乗せたその楽器の頭の方……というか先端の部分を、クイっと私に見せてくる。
その楽器の先端には弦を引き、固定している木彫り細工があり……なんとまぁ、その木彫り細工はメーアの頭の形をしていたのだ。
2本の弦が、そのメーアの頭の角へと引っ掛けられていて……なるほど、それでメーア琴という名前なのか。
そうと分かった瞬間に、何故だか私も吹き出してしまって、笑い声を上げてしまう。
アルナーはそんな私を見ながら更にもう一つ笑い声を上げて……、
メア~~~~メァメァメ~~ア~~。
メア~~~メ~~~ア~~ア~~~。
とのフランシス達の歌声と楽器の音が響き渡る中、私とアルナーは一緒になって笑い続けるのだった。
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