第30話 桜の秘密

「見事であったぞ、蒼紫」

ふぅっと息を吐き、身なりを整えて

桜に手招きをして

信長の前に改めて二人は腰を据えた。


「その娘は何者だ? お前は武のもののふよ、

戦場いくさばに出て戦うのが役目だ。それ以外で

義元と接点を持つ程、出世もしておらぬ。

その娘は無音で歩く癖が抜けてないようだ。

恐らく下忍のくノ一であろう、一体何を知ったのだ?」


特に驚く様子も見せずに、ズバリと核心を当てられ

二人はその鋭い洞察力にひと時の間、硬直した。


「この娘は桜と言う名で、信長様の言う通りです。

義元と雪斎の会話を盗み聞きして、命を狙われましたが、

私の屋敷に逃げ込んできたので、追手の忍から助けました。

二人の会話で不老長寿の話らしき事を話していたようです」


信長は別段驚いた様子を見せずに、パチンッと扇子を閉じると

小姓を呼びつけ、「夢母衣衆を呼んで参れ」と命じた。


真田は眉をひそめた。赤母衣、黒母衣衆の存在は

知っていたが、母衣衆など初めて耳にした。

他の小姓たちは外への襖を開けて、

広々とした庭園の砂利石じゃりいしをザッザッっと

歩いて来る足音が聞こえて来た。


現れた者たちは皆が黒い縫物のようなマスクをつけていて

見た事も無いような武器を手にしていた。

銃のような長い筒はあったが、見た事も無い物で、

その者たちが身に着けている衣類も真っ黒で

真っ直ぐこちらを見ていた。


信長が扇子で何かを合図すると、一人の男らしき者が、

蒼紫に向かって、手槍よりも小さく黒い物を投げつけて来た。

咄嗟に刀を抜いてソレを斬りつけると、刀で軌道は逸らせた

ものの、刀はソレにより綺麗に斬られていた。

真田の頬から赤く滴る血がポツポツと畳に吸い込まれるように

赤く染めていった。


信長はじっと見ていた。夢母衣衆でも蒼紫でも無い、桜の事を

一瞬も目を離す事無く見ていた。


桜は蒼紫の傷口に布を当てて心配そうに見ていたが、

夢母衣衆が来た時の表情は全く別物だった。

明らかに驚いた顏を見せていた。真田のように相手が

何者なのか? 勘繰る顏では無い。知る者の顏をしていた。


蒼紫が落ち着きを取り戻す頃、ようやくその視線に気がついた。

桜は思わず蒼紫の傷の手当をし始めたが、焦りから手が震えた。


「面白い。真田蒼紫と桜、両名ともこれからは我が家臣として

働いて貰おう。元よりそのつもりで来たのであろう? 

其の方たちにはこの清州に屋敷をくれてやる。

詳しい話は後日聞かせて貰おう」


真田は首を垂らして、その配慮に感謝の意を示したが、

桜は信長の目をじっと見ていた。














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