第15話 勝敗の行方

「真田蒼紫!! 臆病者よ! 出てまいれ!」

河尻秀長は前線で叫んでいた。


その声は真田に届いていたが、どうでもよかった。


朝比奈信置と朝比奈泰朝は、大

原雪斎が中陣にいる事を知らなかった為、

配下に武田信虎を後陣にいる

大原雪斎の元まで連れて行かせた。

信虎は赤い兜と面を外すと、

瓢箪ひょうたんを手に取り、

たっぷり詰まった水を頭から浴びせてその後、

その残りの水を飲みほした。


背後から声をかけられ、謀略にも長けていた信虎は

すぐに目の前の男は影武者だと分かった。

「御見事な戦いぶり、雪斎は感服しましたぞ」

「自分でも驚きました。

あれほどまで戦った事は、記憶にありませぬ。

故に、息子である信玄にも、配下にも見放されたのでしょう」


「しかしながら、此度の戦、

信虎殿がいなければ勝ち目は

薄氷よりも薄いものでした」


「お役に立てて何よりです。

しかし、あの者は実に強い武人でした」

「あれは織田家の家老でもある柴田勝家と言う

織田家随一の猛者です。

あの者が敗走する姿を初めて見ました」


「噂に違わぬ鬼柴田でした。戦う前に名前は聞き申したが、通りで……最後の相手には良い巡り合わせだと思うていました」


「柴田勝家は信虎殿により多数の手傷を負いました。

中陣の丹羽長秀も家老ではありますが、

策士なので私がすでに一計をあんじて

おります故、お任せくだされ」


「後は大将の織田信秀ですが、

柴田勝家のような猛者でありますが、

退却せざるを得ない状況になる事でしょう」


陣幕内では織田信秀は武神であると

酒が振る舞われ、勝利の美酒に浸っていた。


真田は元信を休ませる為に、

ゆっくり横になれるようわらを敷き詰め、

その上から幕舎に使う布をかぶせて、

誰にも見つからないように、

陣幕の奥のほうに寝床を作って休ませた。


真田蒼紫が立ち上がろうとすると、

元信に吐息混じりに、内緒にするよう命じられた。

元信が柴田勝家に攻撃を仕掛けた際、

勝家は目で捉える事が出来ないほどの速さで、

元信の心臓目掛けて手刀を繰り出していた。


元信はそれに気づき、体勢が崩れた為、

勝家の兜までしか槍が届かなかった。

そしてその手刀は、まるで刀で突き刺したように

四本の指が脇腹に刺さり、血を流していた。


真田は医療人を呼ぼうとしていたが、

元信に捕まれ、その眼を見た。

事が公になると士気に響く事は、両人とも分かっていた。

劣勢にある今、

今川家の最強の家臣が一撃でやられたと知れたら、

戦は負けると訴えるような目で真田を見ていた。


真田は元信の意志を尊重し、悲しい目で元信の目を見た。

元信はその苦しそうな蒼紫の目を見て、

自分の気持ちを酌んでくれたと安心して、手を離した。

元信は意識を失ったように眠りについた。


そして自らは、前線の幕舎にある椅子に腰かけ、

ようやく休む事ができた。

「真田さん」後ろから呼びかけられたが、

しっくりこない呼び方だった。


後ろを見ると桜がいた。

「お前、何をしておるのだ?

お主にはまだまだ合戦は早過ぎる」


「うん。実は真田さんが戦っている時も、

信虎さんが戦っている時も見てたの」


「あの場にいたのか?」


「うん。隠形の術を覚えたから隠れて見てたけど、

まだまだ修行不足で気を抜いたら

強い人には簡単に見抜かれたから、すごく怖かった」


「桜、これは遊びじゃないんだぞ?

お主程度なら、誰でも簡単に殺せる」


「うん。織田家に仕えていた敵だけど、

私よりも強い仲間だった人達が

五人瞬殺されたのを間近で見て、怖くなった」

いつもと全く違う桜がそこにはいた。


「前からよく仲間と言っているが、

お主らが言う仲間とは忍びの連合のような

ものでもあるのか? 気にはなっていたが、

今川勢にも仲間がいたとはどういうことだ?」


「うーん……すごく説明がむずかしいの。

わたしたちは全国に仲間がいるんだけど

この世界じゃないところから来たの」


「確かにさっぱり訳がわからぬわ。

戦場いくさばには出るな。

城下町に戻って修業していろ。

戦が終わったら、また酒でも飲みながら話を聞こう」


「真田さん、死なないでね。わたしと話してくれる人は、

仲間以外だと真田さんだけだから、無理しないでね」


「多少の無理は当たり前の事よ。

だが死ぬ気はない。安心して修業に励んでおれ」


「わかった。じゃあまた後でね」

桜はスーッと陽炎かげろうのように消えていった。




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