日下部悠子の厄介で邪悪な日。(……じゃない日はあるのか? いや、無い)

御手洗孝

第1話 厄介な日の始まり1

 築80年は経っているであろう2階建て木造、風呂無し、共同トイレのアパート「あび荘」

 そのよく建っているなと感心する程ボロボロのあび荘の1階、一番奥の部屋のドアがゆっくりと開き、そうっと顔を出した少女は辺りを見回す。

「よっしゃ、まだ来てないな。今のうち」

 ドアから出ると、簡単な、まるでどこぞのRPGにでてくるような、丸と棒がひっついただけの鍵で部屋の戸締りを終えると、アパートに面している道路とは逆の方向のブロック塀の方へ歩き出した。

 トレーナーのフードを深く頭にかぶり、おしゃれではなく、穴の開いてしまったボロジーンズのポケットに手を入れて歩いていく姿は、まさに不審者。

 ブロック塀の所まで来るとキョロキョロと周りを見渡してから、軽くジャンプをしてブロック塀に手をかけ、軽々と塀の上に乗り、そのまま裏のマンションの自転車置き場の横へと飛び降りた。

「フフン。素直に道路なんか歩いててアイツに会ったら最悪な日になるからな。さっさとずらかろ」

 イヒヒと怪しげな笑い声を上げた次の瞬間、目の前に人が走り込んできた。

「そうは問屋が卸さないのよ。日下部悠子くさかべゆうこ!」

 腕を組みながら仁王立ちした女子は言うが早いか、眼の前に居る不審者の頭に手を伸ばし、勢いよくフードを取った。

「全く! 絶対逃げると思って見張らせといてよかったわ。日下部悠子さん、お友達との約束は守らなきゃいけないものじゃなくって?」

 左の口の端をゆっくり持ち上げていやらしい笑いを向けてくる女子に、悠子は「はっ! 」と口から短い息を飛ばす、

「なぁにが、お友達との約束だ。オレはちゃんと言ったはずだぞ『嫌だ』と。しかも、貴様のしつこい勧誘に、丁寧に何度も嫌だと意思表示をしたんだ。にも関わらず『約束』とは恐れ入る」

「あら、ありがとう」

「……褒めてない。絶対来ると思ったから待ち合わせより2時間早く逃げたってのに」

「イヤだわ、何時間前に逃げようと同じですのよ。私、狙った獲物は逃がさない性質だ・か・ら。私と友人関係になったのならその覚悟は必須要素よ。さ、悠子を車にお連れして」

 そういわれ、黒いスーツを着た体の大きな男共が寄ってくると、悠子は手でそれを制した。

「むさい男に引きずられる位なら自分で乗る。この状況でジタバタするほど馬鹿じゃぁ無いんでね」

「引きずるなんてそんな! 今から拉致して監禁するみたいに言わないでくれる? 人聞きの悪い。お友達を豪華な古城のパーティに誘いに来ただけじゃない」

 頬をふくらませる姿を横目に、大きなため息をついて悠子は車に乗り込んだ。

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