世界契約《ワールドシヴァレオ》

@uchumaru

第1話 この世とさよなら

僕の人生は・・・人生って呼んでいいのか分からない。


そう思いながらつまらない授業を教室の一番後ろ、 ──窓際で頬をつきながら窓の外を見ている少年。


「ごらぁ!漆原 雫!貴様っ、授業はちゃんと聞かんか!!」

「うーい」

「きっさまぁ!!!幾ら成績がいいからって、調子に乗るなよ!!!」


キーンコーンカーンコーン


丁度いいタイミングで授業が終わり、欠伸をする雫。

クソッタレがと言葉を残し、教員は授業の終わりの挨拶もせず教室を出ていった。

漆原 雫は成績優秀である。

学年成績一位は当たり前、運動もそこそこ出来る方で常に周りからは嫉妬の目がそこらかしこにある存在だ。

しかしそんな雫は人生を謳歌してるとは言えなかった。

友達もおらず、彼女もいない。

家に帰れば酒に酔った父親からの暴力、それを見る母親は煙草を吸いながら無視を貫く。

息子だから助けるなんて事も全くしない母親に対して、雫はただの息を吸う肉塊だと思っていた。


ため息を吐きながら再度窓を見ると、周りからヒソヒソと雫の事を言う生徒達がちらほらと見え始める。


─またあいつやってるよ─

─優等生は違うねぇ、まじ腹立つわ─

─調子乗り過ぎじゃない?男子懲らしめてやりなよ─


これがいつもの日常。

だが雫とっては特に気にする事はなく、ただただ本人に直に言えない雑魚共だと思っていた。

そんな中、一人だけ雫の席に向かい少し怒った表情を見せる女生徒がいた。


「もぉ、またあんな態度とって。いつも気おつけてって言ってるでしょ?先生に迷惑をかけたらダメだよ。めっ、だよ」

「僕はちゃんと授業は聞いてる。外を見ながら」

「変な事言わないの。授業は前を見て聞いて」


雫にそう言う女生徒はふわっとした茶髪を肩まで伸ばした可愛らしく綺麗な、周りからは美少女と言われる程の女生徒だ。

顔立ちは整っており、ぱっちりとした瞳や小さな桜色の唇。

それ等は周りの人から見たら正に守りたくなる存在だろう。


「桜葉、席に戻ってくれないかな。君がここにいると僕が目立つし、変な噂を立てられる」

「こら、毎度言ってるけど下の名前で呼んでよ。ずっーと小さい頃から一緒なんだし」


少し照れながら話す彼女に雫は少しドキッとしてしまう。

少しばかり時間が過ぎると同じ教室の女生徒が雫の目の前の美少女を呼んだ。


「華奈〜、こっち来て話そうよ〜。そんな奴といないでさぁ〜」


桜葉華奈、それが雫の幼馴染の名前。

近所同士の付き合いから仲良くなり、たまに家で一緒に遊ぶ仲だ。

桜葉華奈の友達がそう呼ぶと本人は嫌な表情を浮かべた。


「行ってきなよ。呼ばれてるんだから」

「私は雫といたいんだけど」

「なんでだよ。僕みたいなのといるとなにか言われるよ」

「うるっさい。我儘なの、私は」


そう話していると周りから恋人だの夫婦だの冷やかしが飛んでくる。

そんな言葉を無視して華奈は雫の傍にいた。


「ねぇ、今日さ一緒に帰らない?」

「なんで?いつも友達と帰ってるでしょ」

「いいじゃん。幼馴染なんだからさ、たまには一緒に帰ろ?」


上目遣いでそう言う彼女にまたもドキッとしてしまう。

と同時に授業の始まりの合図がなった。


「あっ戻らないと。絶対一緒に帰ろうね。約束だよ?」

「はいはい分かったから。席に戻ってくれ」

「うん!またねっ」


満面の笑みで手を振りながら自分の席へと華奈は戻っていった。


─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─


全ての授業が終わりホームルームも終わって生徒各々は散らばっていった。

部活に励む者、直ぐに自宅に帰る者、そのまま遊びに行く者等、人それぞれの行動を取っていた。

そんな中、一人の男子生徒が雫の元へ歩いてきた。


「えっと、漆原雫くん?だよね」

「そうだけど、なにか?」

「桜葉さんの事でちょっと聞きたい事があるんだけど」


その言葉に雫はバレないようにため息を吐いた。

他生徒が漆原雫という存在に関わる場合、桜葉華奈という美少女が必ず関わってくる。

それは何故か、今にも理由が分かるだろう。


「桜葉さんって好きな人いるんでしょ?それってもしかして君?」

「意味が分からないんだけど、それにもし僕だとして、君に何か関係が?」

「困るんだよねぇ。というか目障り的な?冴えない君がどうして桜葉さんと仲良くするのさ」


今回は嫉妬である。

前回は告白するのに成功するかどうかと質問させたりしたが、今回は面倒臭いと思った雫。

わざとらしく大きなため息を吐いた男子生徒はまだまだ言い足りない様子。


「君みたいなガリ勉くんは、教科書とか参考書と仲良くしてなよ。その方がお似合いだって」


クスクス笑いながらそう言った男子生徒に、周りも釣られて笑っている。

しかし雫は冷たい目で男子生徒を見ていた。


「一つ言いたいことがあるんだけど、いいか?」

「なんだい?特別に聞いてあげるよ」


腕を組みながらフンッと鼻を鳴らしながらドヤ顔をしている。

勿論、この光景は華奈も見ていた。

そして華奈の表情がどんどんと変わっていく。


「お前が僕に言った教科書と仲良くしろって言うのが分からない。だからお手本を見せておくれよ。ほら、今から教科書出すから、仲良くして見せて」

「は、はぁ。別に俺は仲良くなん──」

「出来ないの?そうなんだ。自分が出来ないことを他人に進めるなんて、どうなの?それ。かっこ悪いね〜」

「て、てめぇ・・・喧嘩売ってんのか!」

「バカにしてきたのはそっちが先だ。第一に桜葉華奈と何か関係あるのか?目障りってどの視点から言ってるのか分からないなぁ。一から説明してくれるかな?」

「くっ・・・うぜぇな、死ねよ・・・」


男子生徒は雫が座って授業を受ける机を軽く蹴り、そのまま帰宅して行った。

口だけの雑魚、討伐完了と心の中で呟き、欠伸を一つ。

いつの間にか周りの生徒はいなくなり、教室には華奈しかいなかった。


「ごめん・・・帰ろう」

「私的にはかっこよかったよ?」

「どこが?ちっともかっこよくない。僕は何も力を持ってないんだから」

「そんなの分かってるよ。でもかっこよかったの」


恥ずかしさからか、言葉を無視して教室から雫は出た。

後ろから「待ってよぉ」とパタパタと歩いてくる華奈。

振り向くと、少しだけぽよんぽよんと上下に動く柔らかなマシュマロが──


「んもぉ、どこ見てるの?・・・えっち」

「思春期男子生徒なんてそんなもんだろ。みんな獣だ。認めたくないけど、多分僕も獣だ。オオカミさんだ」

「じゃぁ、私は赤ずきんちゃん?」

「お似合いですね」

「また適当言って〜!特別に許しちゃる!」


桜葉華奈は普段からこの様な会話はしない。

漆原雫といる時だけ、冗談を言ったりするのだ。

普段だとある程度喋るが冗談を言わないキャラである。

下駄箱で靴を脱ぎ、外靴に履き替えて校門を出ようとすると──


──あれ、桜葉華奈じゃね?──

──うっわぁ、初めて見たわ。え?あんなに可愛いのかよ──

──横にいる男誰よ?──

──彼氏だったら殺すわ──

──ちがうっしょ。めっちゃ冴えないし──

──モブみてぇな顔してんな──

──村人A確定やな、ただのCPUやん──


「あんなの無視して行こ、真に受けたらダメだよ」

「僕が一番何が得意か知ってる?スルースキルだよ」

「ごめん、そういうの私嫌い。自分の評価を下げないでよ」

「う、うーん」


雫は自分の評価を下げたという感覚がないのだが、華奈が嫌いならやめようと思った。

暫く登下校する道を歩いていると仲の良い家族が公園で遊んでいるのを見かけた。

何を思ったのか華奈はそこで立ち止まる。

それに気づいた雫は華奈が動き出すまで待とうと考えた。

およそ十分、華奈はずっと黙って見ていた。


「今日もお家に帰るの?」

「んん?まぁ家だからね、帰るのは当たり前だよ」

「でも・・・また、その・・・」

「殴られるよ。仕方ないさ、そういう人なんだから」


漆原雫の家庭事情は普通じゃない。

家に帰れば酔った父親が暴力を振るってくるだろう。

一度だけ学校に助けてくれと言ってみたが、家に訪問してきた先生は父親に殴られ、精神的にやられ、学校に来れなくなり教師を辞めた。

それから校長直々に漆原雫の家庭とは関わらないとハッキリとそう告げられ、今に至る。


「大学に行けば一人暮らしするし、あの家とは関わらなくて済む。だから高校三年間、我慢すればいいんだ」

「それは別にいいけど・・・大学は一人暮らしなの?」

「そうだけど?」

「一人って寂しくない?私なら寂しいなぁ」


少し頬を紅く染め、ソワソワとする華奈は髪をくるくると弄り始めた。


「もし・・・その、大学に行くなら・・・私も行こう、かな。もし大学に行けたら、その・・・二人で暮らすとか・・・どう?」

「華奈は二人で暮らす方がいいの?しかも僕みたいな奴と」

「え?あぁうん。だって寂しくないじゃん。それに雫くんと二人なら退屈しないし、面白いし」


そう言ってニコニコと笑う華奈に、少し胸が熱くなるのを感じた。

大体の小説とかだと『この熱くなるのは何だ!?』とか言って鈍感系を引っ張るのが相場なのだが、雫はそこまで鈍感系ではなく、寧ろハッキリしている方である。

その為か、ちゃんと桜葉華奈が自分を好きだという事も分かっているし、雫自身も華奈の事が好きだ。

過去に華奈から雫へと告白された事があるが、その時は家庭事情で付き合う事が出来なかった。

それは今も尚続いており、漆原雫と桜葉華奈は高校卒業したら付き合うという約束をしている。


「あっ!猫ちゃんだぁ〜!」

「なっ、おい。ちょっと待って」


少し歩いた先に交差点があり、そこに親子の猫が寛いでいた。

よく交差点の真ん中で寛げるなと感心してしまう。流石、猫といったところだ。

雫は華奈を追いかけると目線の端に大型トラックが見えた。

ただ見えただけならいいのだが、最悪な事に運転手が目を開けていないのを見てしまった。


──おい、これはまずいだろ!?──


大型トラックがスピードをあげる中、向かう先は華奈と二匹の猫の方。

雫は地面を強く蹴り、華奈の方へと走っていった。


「雫くん!この猫ちゃん達、すっごく甘えてくるよぉ〜」

「早く逃げてっ!!」

「え、何を言ってるの?あ──」


雫は華奈と華奈が抱いていた二匹の猫を自分の体をぶつけて飛ばした。

雫が目線を横に移すと目の前には大型トラックのベッドライトが──


「ぐっ!」


大型トラックはそのまま雫を轢き飛ばした。

飛ばされた雫はガードレールに思い切り背中をぶつけ、ゴキッという鈍い音が鳴る。


「ごぷっ・・・かはっ・・・」


内から鉄臭い血が大量に出てきて、その場で血を吐いた。

力が入らず、呼吸すらまともに出来ない。


「雫くんっ!そ、そんなっ、どうしよう。だれか!誰か、助けてください!!」


肋の骨が内蔵に刺さったのか、血が全く止まることを知らない。

溢れ出る血は温かいのに、体がどんどん冷たくなっていく感覚に雫の思考は何も考えられなくなっていた。


「ひゅー・・・かひゅー・・・」

「ごめん、私のせいで・・・お願い、目を開けてよぉ・・・」

「お、おい大丈夫か!?うお、滅茶苦茶やべぇじゃねぇか!!今すぐ救急車を呼ぶからな!」


どうやら助けが来たらしい。

一人の男の他にも複数声が聞こえていた。


「おい、お前。大量の布を持ってこい!あ!?いいから持ってこいよ!!命掛かってんだぞ!!」

「大型トラックに乗ってる奴は大丈夫か?」

「大丈夫だ!運転手は意識があるし、怪我もそこまでしてねぇぞ!」

「したらそのままで動かねぇ様にしとけ!警察に事情を話させないとダメだからな」


複数の男の声が聞こえる。

しかし、雫には何を言っているのか分からなかった。

助かるのか、助からないのか、それすらも分からない。

カタカタと手を震わせながら、その手を華奈の元へと向ける。

すると華奈の細く柔らかい指が確かに感じられた。

嬉しかった、傍にいてくれるのが華奈で嬉しかったと雫は瞼を閉じながら思った。


──二人で暮らす事、出来ないかも。ごめん・・・一人にして。でも、華奈なら大丈夫だから。だから・・・頑張れ──


華奈が握っていた雫の手は、するりと地面へと落ちた。


「雫くん?ねぇ、雫くん・・・返事してよ。し、雫くん!嫌だよっ。一人にしないでよぉ!!」


漆原雫、十五歳は瞳を開けることはなかった。

どんなにどんなに声を掛けても、応えることはなかった。

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