尾根の葡萄(ブドウ)(5)

 俺が覗きこんでいる観測器の中で、赤い光が綺麗な放物線を描いて飛んで行くのがはっきりと見えた。着弾までの、せいぜい2、3秒の時間が無限に引き延ばされていくようだ。

 しかし、彼が解き放った小さな炎はそんなことなど全く意に介さずぐんぐんと飛翔を続け、赤々と輝きながら崖下の黒々とした穴にすぅっと吸い込まれていった。

 その瞬間、暗い銃眼の中で小さな光の花がぱぁっと咲き、赤い光が激しく跳ね回っているのが見える。穴からが飛び散って、ひっきりなしに続いていた機関銃の咆哮がぴたりと止んだ。



――しばしの静寂。


「やったぞ!!」


 広報班が歓声を上げるが、まだまだ油断はできない。



 相棒がボルトハンドルをスライドさせると、乾いた金属的な音と共に、金色に輝く薬莢が空中におどり出る。射撃直後の軽い脳震盪のうしんとうから回復したようだ。

 あらわになった機関部から、白い硝煙がむわっと立ち上ると、いくつもの小さな渦を描きながら、風の中にふわりと消えた。硫黄の混じった独特の香りが鼻をつく。

 大きな排莢口を開けたままの対物ライフルにそっと次の弾を押し込む。射撃時に発生した膨大な熱が、手袋越しに伝わってくる。相棒の手が重たいボルト遊底を押すと、大きな弾薬が飲み込まれるように消えた。今回は銃が大きすぎるから、次弾の装填はスポッターである俺が行う。


「目標に動きなし。撃破したと判断する――行こう」


「うん」


 冷めるのを待ってから薬莢を拾い上げ、ポケットにしまいこむと、装備を担いですぐに中腰で移動。ぐずぐずしてはいられない。


「え、どこ行くんですか!?」


「せっかく見晴らしのいい場所なのに……」


 自分たちのこだわりのせいで反撃を食らうかもしれないのに、何を寝ぼけたことを言っているんだろう。いちいち説明されなければ状況を把握できないのか?

 そんなで戦場をうろうろしていればすぐ死ぬ羽目になるぞ。


「お望み通り、曳光弾を使ったからな。この場所は敵に知られている」


「砲撃食らいたいならそこにいれば? 確実につぶせたって確信できるまで、離れたところで様子見ないと」


「……っ!」


「わ、我々も移動しよう」


 俺の大切な相棒を危険にさらしやがって。思わず苛立った声を出してしまうと、相棒も彼らしからぬ冷淡な声で続けた。殺気をぶつけなかっただけ感謝して欲しい。

 さすがにただならぬものを感じたのだろう。広報の連中も慌てて重い腰を上げた。

 30mくらい離れたところでもう一度狙撃体制を整えて、じっと相手を観察する。



 待つことしばし。相変わらず乾いた音は止まったまま、どこかで鳥の鳴き声がした。

 目下の崖下では、ティルティス出身の友軍が前進している。すっかり黙り込んだトーチカに取りついて、何かを放り込むと、やがて大きな爆発音。

 炎と煙が収まってから、中に彼らが突入していく。


「終わったな」


「うん。他に歩兵仲間たちの脅威は?」


 今回の任務はトーチカの破壊だが、目的は仲間を支えること。他に彼らが困るようなことがあるならば、あらゆる手段を用いて手助けしなければ。


「確認中……ないな、静かなもんだ」


 観測器を覗いたまま答えると、手早く撤収準備に取りかかった。ここから先は、彼らの仕事だ。


「さすが『高原の守護者』。あんな距離を正確に撃ち抜くとは」


「距離がどうこう以前に、重機関銃で精密射撃だぞ? 何がどうなってるんだ?」


「飛んでる間にどんどん重心が変わる曳光弾なのに、なんて正確な射撃だ」


「あれを計算した『監視者』の頭脳も人間離れしてるな」


 広報班がざわついている。対する相棒はきょとんとした表情。彼にとっては大したことには感じられないのだろうが、こんな芸当ができる奴は世界中を探したところで両手の指には足りるまい。なぜか自分のことを取るに足らないと思い込んでいる彼は、自分の成果を過小評価しがちだ。


「あ、それはおじいちゃんが中身いじってくれてるから。見た目は昔の重機関銃だけど、中身は最新型の対物ライフルだよ」


 だから狙撃に使うのはそんなに変な話じゃないはずだ。彼はそう言いたいのだろう。

 違う。彼らが戸惑っているのはそこじゃない。


「……ますますわけがわからないのですが」


「ほら、この間拾った対物ライフル。おじいちゃんのところに持ってったんだ」


「ひ、拾った……?」


「おじいちゃん?」


 思った通り、余計に混乱させてしまったようだ。撮影班がみんなそろって首をひねっている。

 それはそうだろう。俺の相棒は規格外すぎるんだ。そんじょそこらの奴にあっさり理解されてたまるものか。


「以前、敵の輜重しちょう部隊を狙撃した時に鹵獲品ろかくひんがいろいろとありましたよね?」


「ああ、アリアナからの燃料を運んでた連中ですね」


「あの中にあった対物ライフルと元から所持していた重機関銃を、『茂みの悪魔』のところに持って行って、狙撃に使えるように改造してもらったんです。うちの部隊では重機関銃のままだと使いどころがないから」


「な……なるほど。あの人ならやりかねませんね」


「引退してもガンスミスとしての腕は健在ということか」


 仕方なく相棒の言葉足らずの説明に補足すると、広報の連中もようやく納得の行った顔になった。敬愛する恩師が称賛されるのは気分が良い。どうやら相棒も同感らしく、嬉しそうに目を輝かせている。


「折りたたみもできるんだよ。ほら、分解するとギターケースにも入っちゃう」


「やっぱりわけがわからない……」


「あの『茂みの悪魔』をおじいちゃん呼ばわり……」


「何をどうしたらこんな改造ができるんだ……」


 嬉しそうに口を開けば、広報の連中はまた混乱のるつぼ。少しばかり余計な事を言いすぎだ。


「お前はもう黙ってろ」


 こめかみを押さえながら頭をぽんぽん叩くと、子供扱いにむぅっとふくれる顔が幼くてほほえましい。つい頬が緩みそうになったその瞬間、相棒の顔色が激変した。

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