第80話 男3人の飲み会「気付いてないふりをしよう」
冒険者ギルドの隣というかロビーの端というか、植木鉢で仕切られただけのその食堂は、「早い、安い、美味い、多い」で冒険者のための店という感じだ。昼は食堂で夜は居酒屋になり、客はほぼ冒険者ばかりだが、そうとも限らない。
この日は、満員のこの店で、そういう冒険者ではない男3人が相席をしていた。
「やっぱりビールだな」
この街の警備隊の隊長をしているセブン・フラウはビールを注文した。
「俺もまずはビールで」
セルガ商会の護衛隊のリーダーをしているオルゼ・ガンツは考える前にそう言う。オルゼは元は有名な冒険者で、今でも最高に強かったと語り草になっている。
「俺もビールかな」
セルガ商会の護衛隊サブリーダー、ロイド・ハーパスもそう店員に注文した。ロイドは元は剣も魔術も使うエリートに分類されるような騎士だったが、上司や貴族の同僚連中と合わず、退職して今の職についた。腕の強さは隊で1番だったが、平民だったのが貴族達に気に入られず、やっかみと嫌がらせをうけていたのだが、今もロイドの腕を惜しむ声は根強い。
「はあ。ヘイド領の騒ぎもどうやら落ち着いたようだな」
ビールを待ちながら、世間話にオルゼが言った。
「ヘイド伯の隠し子を正妻の子が殺すために探してたんだろう?貴族様ってのは、嫌だねえ」
セブンは嘆息して肩を竦める。
「黒目黒髪の男っていうから少なくて良かったけど、これが金髪とか茶色の目とかだったら、間違いで殺されてた人がいたかもな。候補が多すぎる」
ロイドが苦笑すると、セブンが顔をしかめた。
「冗談じゃねえよ。
まあ、結果的には珍しい特徴に助けられたようなもんだな」
そう言い、奇しくも3人共、黒目黒髪のコンビを反射的に思い出した。
「しかしあいつら、どういうやつらだろうな」
セブンがしみじみと言うと、オルゼとロイドは真面目な顔付きで頷いた。
「どこかおっとりとしていて、危機感が足りない。守られ慣れてるという事か?」
ロイドが言うと、
「誤魔化そうとはしているが、子供でも知ってるような事を知らなかったりするしな。この国の常識を知らないというよりも、根本的におかしい」
とオルゼが継ぐ。
「外国人かとも思ったけど、言葉に訛りもないしな。所作は品があるし、文字もやたらときれいだぜ。服も何か上等そうだし、貴族じゃねえかって言われてたのも無理はねえ」
セブンが考えながら言う。
「確かにミキヒコの剣は、子供の頃からしっかりとした正式な訓練を受けて来たとわかるものがあるな。それほどの師匠を雇うだけの金銭的余裕とツテが必要だ。
フミオも動きはきれいで、やはり師匠について正式に習ったとしか思えない」
オルゼはどこか好戦的な目付きで言う。
「フミオの魔術にしてもそうだ。魔術の訓練は長くかかる。無詠唱で発動までの時間が限りなくゼロに近く、完全に威力のコントロールもできている。上級貴族の子弟なら子供の頃から魔術士を雇って教育を施すが、その教育者の上を行くほどだ。その上魔道具を思いついて作るにも慣れた様子だし、何を作れば便利かの発想も、庶民なら不満を感じないような事を不便だと感じての発想らしいしな」
ロイドが言うと、セブンは嘆息した。
「じゃあ、やっぱりどこぞの貴族の子弟だというのか?まさか、やっぱりどっちかがヘイド伯の愛人の子か?」
ロイドもオルゼもそれには目をチラリと見交わして苦笑した。
「まあ、それはない」
「ああ。大体、貴族に見えて、微妙に庶民的なところもあるんだよなあ。謎だよ」
「やめてくれよ。あの、子犬と言い張っているチビも、ありゃあ、フェンリルだろう?テイムしてるからいいようなものの、何かあったらどうするんだよ。
まてよ。あいつらに何かあったら、チビが暴れるんじゃねえのか?」
その可能性について3人は各々想像し、恐ろしさに腕をさすった。
「あいつらが妙な事にならないように気を付けてやるのが、この街のためかもな」
セブンが言うのに、オルゼとロイドは神妙な顔で頷いた。
「さりげなく常識を教えてやらんとな」
オルゼが言い、ロイドとセブンは頷いた。
と、店員がビールとつまみの皿を運んで来た。
「ああ、来た来た。ん?これは?」
皿の上に、豆があった。セブンはこれに、見覚えがあった。
「枝豆ですよ。塩ゆでしたものがビールのつまみに絶品だとミキフミ様に教えてもらって、サンプルをいただいたんです。評判は上々ですよ。次からはメニューに載せるので、注文してくださいね」
店員は上機嫌でそう言って去って行った。
ミキフミ様とは、陰で2人を指して言う時の呼び名だ。
セブンは枝豆を凝視したまま、戦慄したように言う。
「これは、あれじゃねえのか。あいつらの家に生えた、食虫植物の魔物の警備主任」
オルゼとロイドも、緑色の豆を見た。
「まさか」
「このさやが大きくなったやつから、ペッと侵入者を吐き出しやがったぞ」
周囲を見ると、サンプルとして出されたものを、客は美味い美味いと食べている。
「大丈夫らしいな」
恐る恐る、見た事の無い枝豆を食べてみる。
「……美味いな。豆だ」
「これはいい。人気メニューになるな」
「市場や畑でこいつが人を食わないなら俺はそれでいい」
「よし。今後も、何も気付いてないふりをしておこう」
諦めたようにセブンが言い、それで3人は黙々と枝豆を食べ、ビールを飲んだ。
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