第79話 警備主任

 地下室で家庭菜園の手入れと収穫をしていた。

「そう言えば、モーツァルトを聞かせたら生育がいいとか言うな」

 ふとそう思い出し、モーツァルトのCDをかける。

 エルゼにしかない果物なども植えているが、反対にエルゼにはないものを向こうに植えてみようかと思う。例えば枝豆だ。ビールのつまみにいいのに、向こうではない。これはぜひ紹介したい。

 それに、エルゼの家の警備も考えた方がいい。

 と言うのも、この前はわざとヘイド伯爵の家臣を誘い込んだが、その後、ポーションやナイフを狙って侵入しようとした盗賊がいたのだ。

 まあ、計画していた時点で捕まって何事もなかったのだが、考えさせられたのは事実だ。

 こちらでは警備会社があるが、向こうではない。留守中に侵入者があった時に駆けつけてくれるようなサービスはないのだ。

「はあ。どうするかなあ。ゴーレムでも作って庭に配置するか?なんか邪魔そうだな。魔物でも連れて来て庭に放つとか?近所から苦情が来そうだな」

 ううむ。

 悩みながらも収穫し、次は枝豆だと、隣の畝を見た。

「え」

 一株だけ、何か揺れている。幽霊か?いや、よく見ると、音楽に合わせて揺れていた。

 そこで、CDをとめて、ヘビーメタルをかけてみた。

 するとその枝豆は、頭を上下に激しくブンブンと振り回し始めた。

「!?」

 驚き、それ以上に面白くてそのまま見ていると、訓練していたチビと幹彦が隣にしゃがみ込んで一緒に見ていた。

「凄えな、あれ。何だ?」

「枝豆だけど、何だろうな」

「ここの魔素を過剰に吸収して魔物化したようだな」

 チビがさらりと言い、ポイッと小さなおやつの骨の欠片を放ると、枝豆は器用にそれを根で取り込み、やがてさやからペッと弾き出した。

 僕と幹彦はどうしようかとそれを凝視した。

「あれは食べられないのかな」

「史緒、そういう問題じゃない」

 枝豆はこちらに気付くと、ハッとしたように動きを止め、普通のふりをした。

「いや、遅いから。バレてるから」

 言って葉を突くと、テレーンと揺れていた。

「まあ、実は普通に喰えるんじゃねえ?」

 幹彦が言うと、枝豆は「ガーン」と言うように体を捩じって幹彦を見上げ、しおしおと上体を倒す。

「言葉がわかってるのかな?」

 枝豆はちらりと僕を見るようにして、わさわさと蔓を揺らした。

「言葉が通じると、食べにくいよね」

 言うと、幹彦が言う。

「名前なんか付けたらもっとだめになるよな」

「そうだよな。枝豆の豆太郎とかね」

 言って、僕と幹彦は笑った。もうこいつは、ペットだ。

 枝豆は揺れて、さやからペッと何かを吐き出した。

「あ、小石だ。そうか。いらないものとかを出してくれるんだな。

 いい事思いついたぞ。エルゼの警備主任をしてみないか」

 枝豆は体を捩じって考えていたが、頭を勢いよく上下に振った。


 枝豆をエルゼの家の庭に移植した。元は大した大きさではなかったが、例の踊る枝豆は植えた途端に大きくなり、高さは家の2階くらいの高さに成長した。

「ご近所になんて言おう」

 幹彦が言うが、気にしない。

「ただの突然変異の警備主任、豆太郎だよ」

 言って、次に敷地に術式を書き込んで行く。

「誰か、侵入して来ないかな」

 チビはやれやれと言いながらも面白そうに尻尾を振り、幹彦も目を輝かせて

「噂でもまいて来るか?」

と実験に協力的な姿勢を見せる。

 そこで僕達は、実験に使えそうな人材はいないかと街に探しに出た。

 善良な市民を使うわけにも行かない。

「あ。ひったくり!」

 老人が叫び、若い男が走り出す。

「あいつにしようぜ!」

 幹彦が嬉しそうに言って、チビと追いかけ、絶妙に家の方へと追い込んでいく。

 僕は家の前を男が通り過ぎないように、先に家の前に戻り、道路を封鎖する。

 するとひったくり犯は

「ゲッ!」

と呻き、我が家の庭を通り抜けて逃げようと門の内側に入った。

 そこで魔術が発動する。敷地内に正式な手順を踏まずに侵入した侵入者は警備主任の根元に転送される。家屋に侵入しようとした者も同様になる。

 それをすかさず主任は根で取り込み、侵入者は悲鳴をあげながら土の下へ消えて行く。

 追って来た警備隊の面々はそれを見て青くなっているが、心配はいらない。

 主任は体をゆすり、ペッとさやから侵入者を吐き出した。

 侵入者はさやの中で三半規管を揺さぶられて平衡感覚がバカになっており、立つ事すらままならず、逃げ出す事ができない。

「よし、成功だ!」

 言うと、主任は嬉しそうにわさわさと体を揺らし、幹彦と僕はハイタッチをかわし、チビは飛び跳ねた。

 警備隊長は部下に失神寸前のひったくり犯を捕まえさせ、鬼のような形相で僕達に詰め寄って来た。

「あの危険な植物は何だ!?食虫植物の魔物か!?あんなものを街中に持ち込むんじゃない!」

 それに僕達は不満そうな顔をする。

「警備主任の豆太郎ですよ」

「陽気で無害なやつです。ただの訪問者にはしませんからご心配なく」

「ワン」

「犯人をあのまま食ったりしないのか?」

 警備隊長が言うのに、僕は心外だと文句を言う。

「食べませんよ。ちゃんと、警備の人とかが来たらペッてさせます。お腹壊したらどうするんですか」

 警備隊長は豆太郎を見上げ、唸る。

「来るまで時間がかかったら?」

「シェイクして待つ?あ。中で吐いたら嫌だな。

 よし。麻痺させるとかに、術式を書き替えよう」

「でも、豆太郎は振りたいみたいだぜ?」

「じゃあ、麻痺無効とかで逃げそうなやつとかには豆太郎のシェイクで。仲間が助け出そうとしたりした場合は、ベトベト粘液を吐くとか」

「あ。株が増えたらレンタルとかして警備会社ができるぜ」

 豆太郎はつるで「グッ」といいねサインを送ったが、警備隊長は頭を掻きむしった。

「これが街中で何件もだと?街の妙な噂が広がったらどうするんだ!」

 なぜかお気に召さないようだった。







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