第77話 未知の辺境の地日本の秘儀

 夜は深まり、外を歩いているのは千鳥足の酔っ払いくらいかと思われる時間になった。家の周囲は大通りから外れているため、更に人気がない。

 その暗闇の中を、黒い服に身を包んだ4人の男達が静かに歩いていた。

「ここで間違いないんだな」

 押し殺した声で1人が確認するように言い、それに2人が頷く。

「間違いない。貴族みたいだと言われている2人組はここに住んでいるらしい」

「最近来たばかりなんだろう?」

「ああ。どこかよその街に預けられていたんだろうな。でも、母親の墓がここにあるからここに来たんだろう」

「じゃあ、行くぞ。物取りに見せかけて2人共殺せ」

 そうして彼らは、家へと近付いて行った。

 敷地をぐるりと囲むように塀があり、表門の扉は開いていた。

 裏に回ってみると裏にも通用口があったが、閂がかかっているほか、たらいやバケツを立てかけて乾かしているため、扉を開けると派手な音がしそうだった。

 そこで彼らは表門から入る事にして、表に戻った。

 周囲に人影が無い事を再確認し、庭に入って建物へと近付いて行く。

 そして、音を立てないようにそっとドアを開け、中に滑り込んだ。

 その途端、足元で子犬が鳴いた。

「ワン!」

「うわっ!?」

 その声を合図に、僕はリビングから顔を出した。

「どうした、チビ。うわっ、誰ですか!?」

 言って、さっと引っ込む。

 すると反射的になのか、騒がれると面倒だと思ったのか、彼らはリビングへと飛び込んで来た。そして、動きを止める。

 計算通りだ。

 テーブルの上には一段高くなるように箱を置き、そこに子供用の動物のぬいぐるみと女物のスカーフを飾っている。その下には果物や花を供え、ろうそくと線香を置いてある。

 それに向かって座り、彼らを見ているのは、幹彦、ジラール、モルスさん、護衛隊のリーダーとサブリーダーだ。

「ああ?何だ、お前ら」

 ジラールが睨むように言うと、幹彦が手を打ってニコニコとして言う。

「ああ、彼女のお知り合いだったんですか。それでお参りにいらしたんですね」

「でも、よくわかりましたね。今日が最後の法事だって」

 それで彼らは戸惑ったように顔を見合わせたが、

「遠慮しないで、さあ、さあ!」

と幹彦に追い立てられて祭壇正面の薄っぺらいクッションこと座布団に座った。

 そして、見た事の無い「線香」や「おりん」を見て、ますます混乱したかのようにキョロキョロとした。

 冷や汗が見えるようだ。

「我々の日本はここから遠く離れた国ですから、法事も、この3人しか参加できないと思っていたんですよねえ。そこにあのセルガ商会の前会長や、冒険者を代表するような今でも語り草のリーダー、近衛騎士中で一番の実力者と今でも言われるサブリーダーまで来て下さって。その上あなた方はヘイド伯爵の家臣の方ですよね。ありがたい事です」

 国どころか大陸中に名を轟かせるビッグネーム3人に、彼らの顔色が悪くなった。

「えっと、我々も詳しくは……」

 彼らのリーダーが、探るように笑いながら言う。

 それに、笑って答えた。

「あれ?ヘイド領からいらしてわざわざ探していたという事は、法事に参加するためですよね?それにわざわざ喪服まで着て」

 リーダーが言うのに、彼らは乗った。

「そういう命令を、はい」

「ですよね。彼女はヘイド伯爵の屋敷に勤めていたのに急に辞めてこの少ない同郷者のいるエルゼへと来たのに、子供は1歳にもならないうちに死んでしまった」

 悲しそうな顔をしてサブリーダーが言うと、モルスさんが続ける。

「彼女もやっと立ち直ったと思ったら流行り病で。儚いのう」

 はあ、と溜め息をつく。

「日本では、死者を決まった年に祀り直しますけど、今年が最後です」

「ぜひ最後までご一緒に」

 有無を言わさず笑顔で言うと、彼らの後ろに座り、

「あ、正座でお願いしますよ。作法を守らないと、祟られますからね。あなたが」

と脅し、正座を強要する。

 した事の無い人間にこれはキツイだろう。

 それから、お経のテープをこっそりとかけて流す。

 わけのわからない言葉の経文、動くに動けない正座、線香はこれでもかというほど焚いて煙は魔術で彼らの周囲にもくもくと漂わせる。

 そうして2時間。僕達は後ろでこっそりと楽な座り方でいたのでどうという事も無い。

「さあ、楽にして下さい」

 言うが、もはや彼らの足に感覚はなく、崩す事もできないでいる。

「では、故人と最後の語らいを」

 厳かに言い、あわせて全員で手を合わせると、彼らはキョトキョトと落ち着きなく僕達の顔を見た。

「こ、こ、故人との、語らい?」

 それに幹彦が答える。

「ええ。日本の法事は独特ですからねえ」

 ジラールも頷いて、殊勝な顔でチビを見た。

「故人の霊魂を呼び寄せて動物の口を借りて話をするなんて、こっちではなかなか見た事も無いよな。

 でも、犬の口から人の言葉が出て来ると、信じるしかなくなるよな」

 彼らは信じられないという顔で、チビを見た。

 チビは大人しく座って、尻尾を振っている。

「じゃあ、始めますか」

 彼らは足のしびれで逃げ出せないまま、降霊会に強制参加する運びとなった。



 




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