第61話 禿山にて
訓練の為とチビに言われ、身体強化を使ってランニングで山へ向かう。
悔しい事に僕と幹彦では元々の体力に違いがあり、身体強化をかけたところで、僕が幹彦より先にバテるのは当然だった。なので大きくなったチビに僕は助けられながらの行程となった。
普通に行けば山まで半日以上かかるらしい所を、1時間ほどである。
「見事な禿山だな」
山裾から見上げてそう言った。
そそり立った山には木がほとんど見られず、斜面は全て崖と言いたいくらいにそそり立っていた。
「地震で崩れていったとか?いや、鉄砲水かも」
「とにかく危険は予想以上だぜ。こりゃあ、登山用品を持ち込むべきだったかな」
僕と幹彦が言っていると、チビは先頭に立って歩き出した。
「行くぞ。隣の山から大回りして尾根伝いに行けば安全だ」
そんな安全なルートもあったのか。そうほっとして顔を見合わせ、僕と幹彦もチビに続いた。
こちらの山は木に覆われている。皆、こちらから上り、隣の山に行く前に山頂で1泊するらしい。だが、僕達は日帰りのつもりなので、休憩はしても、そのまま向かう。
背の高い木々が数を減らして行き、背の低い木と高山植物になっていく。
それもやがては数を減らし、いつしか岩と砂しか見当たらないようになった。いつの間にか隣の禿山に入っていたようだ。
尾根は狭く、幅が40センチほどしかない。その左右に見えるのは遥か下の崖下で、足を滑らせたら間違いなく命を落とすと確信できた。
そこを渡り切り、禿山の頂上に着く。
「まずは着いたな」
取り敢えず、尾根を渡り切った事に安堵した。
「巣のある崖ってのはどこだ?」
幹彦が言い、僕達はグルリと辺りを見回した。
と、大きな白黒の鳥が崖下から音もなく滑空して飛んで行くのが見えたので、そこの崖を覗き込んでみる。
頂上から7メートルほど下に岩が外れて落ちたのか、へこんでいる所があった。そこに、枝を集めて作られた巣があり、鶏の卵程度の大きさの卵が8つ並んでいた。先程の鳥は親鳥で、水を飲むか食べ物を探しに行ったのだろう。
「あれか?」
「そうだ。さっきのがヤマペンギだからな」
「じゃあ、親鳥がいないうちに」
作戦通りにロープを腰に巻く。
降りるのは僕で、幹彦とチビが頂上でロープの端を持つ。
「いいよ」
「気を付けろよ」
僕はそろそろと岩に手と足をかけながら、崖を下りて行った。
下を見ない事がコツと言えばコツだ。
巣に辿り着くと、
「親には気が引けるけど……ごめんなさい」
手を合わせて謝り、巣の中の卵を3つ、カバンに移す。
そして、
「戻るから」
と声をかけ、上って行く。
降りる時と反対に岩を伝って行けばいい。そう思っていたが、そう簡単ではない。下りる時には見えていた窪みが見えなかったり、手が届かなかったり。
それでいつの間にか、下りた時のルートを外れながら登っていた。
すると、それが現れた。
岩が外れた後のような窪みに、小さな何かが横たわっていた。
「小人?まさか、妖精?」
手を伸ばしてみれば、その小人の手前で弾かれ、触れない。それで、見るだけだ。
それは微動だにしないで横たわり、寝ているように見えるが、死んでいるのかも知れない。そしてその手を弾いた透明な膜をよく見れば、頭の中に「結界」だと情報が流れ込んで来た。続いて、奥のそれが、「妖精の遺体」だとわかった。
「妖精?精霊樹がある以上妖精がいても不思議はないよな」
言いながらも、そのメルヘンな物体をよく見る。
すると、遺体は妖精の中でも代表格のもので、遺体をこの状態でとどめようとする魔術が施されている事がわかった。
「王とかそういう妖精か。じゃあ、これは妖精の王の墓か」
それで一応手を合わせてから、術式を読む。
「……ほわあ……!」
わかった。わかったが、かなりの魔力を使いそうだ。そういう意味で、できるかどうかわからない。
「おおい、史緒?大丈夫か?」
「そろそろ親が戻って来るから急げ」
上から声をかけられ、僕は再び上り始めた。
無事に卵をカウンターで渡し、ギルドを出た。
頂上で見たものの事を幹彦とチビには話したが、チビは僕たち以上に驚いた。
チビによると、妖精は遥か昔に絶滅した種らしい。魔物の増加が原因なのか気候変動が原因なのかはわからないが、姿をとうに消しているらしい。
いつか復活する事を願ったのか、最後の王の亡骸をとどめて妖精がいた事を残そうとしたのか。
まあ、少ししんみりとはしたが、今はもうすっかり元に戻り、試してみたくてたまらない。
家へ戻り、地下室へ飛ぶと、実験用の紙箱にその術式を書いた。そして中に氷を入れて放置する。
そのまま待つ。紙箱の外に置いた氷がすっかり融けた頃に紙箱を開けると。
「成功した!」
時間を停止させる術式がわかった。
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