第58話 団らんの夜
小さいチビを連れて、幹彦の実家を久しぶりに訪問していた。幹彦をストーキングしていた女性がすっかり姿を見せなくなり、警察官から彼女が別の男性と付き合い始めたと聞いて、ストーキングが終了したと、お祝いする事にしたのだ。
手土産に持って行ったのは、魔物肉と家庭菜園の野菜類だ。
魔物の肉もダンジョンの野菜も、確かに味がいい。でも、まだまだダンジョン産の肉や野菜は高級品で、庶民だと食べた事が無い人も多い。時々幹彦の実家には別の場所で受け渡したりしておすそ分けをしてきたが、そうひんぱんにというわけには行かなかった。
今日は鍋にしようというので、食材は任せてくれと言っておいたのだ。
選んだのはレタスしゃぶしゃぶ。これはしっかりと肉も食べられるのにあっさりとしていて美味しい。水と酒と昆布を入れた鍋を火にかけ、沸騰前に昆布は取り出す。そこに薄く斜め切りにした白ネギを入れ、レタスをしゃぶしゃぶし、しゃぶしゃぶした肉と白ネギ、針しょうがを巻いて、柚子胡椒を乗せ、ポン酢に浸けて食べる。肉は牛でも豚でもいいが、豚の方があっさりするので、お好みだ。締めはうどんがいいが、そうめんでもいける。
用意したのはオークと呼ばれているブタの魔物のスライス、地下室で栽培したレタスと白ネギ、スーパーで買ったショウガ。デザートにプリンの実と果物を数種類、お土産として牛の魔物肉の塊と豚の魔物肉の塊と鳥の魔物肉も持って来た。
勿論、プリンの実は未発見の果物で、まだ秘密と言ってある。
「あのお嬢さん、ほかの男を見付けたらしいけど。これで安心だな。お互いにその方がいい。うん」
おじさんはうんうんと赤い顔で頷いている。アルコールに弱いのに、アルコールが好きな人だ。
「これって彼女に振られた事になるのかしら」
おばさんが首を傾けるのに、幹彦が
「どうでもいいよ。これでビクビクしなくて済むなら」
と肩を竦め、お兄さんは、
「ま、ようやく諦めたんだろ。
それより、だったら幹彦、家に戻って来るのか?」
と訊いた。
それに幹彦はプリンの実をきれいに食べ終えて言う。
「いいや。このまま史緒ん家にいようと思う」
「その方が何かと便利だし。な」
僕もそう言う。これについては、家で話をしていたのだ。エルゼに行く都合もあるし、この方がいい、と。
「何か悪いわ」
「いえ。どうせ僕1人だけですから」
「ワン!」
「あ。ごめん。1人と1匹だったな」
「クウン」
チビは子犬にしか見えない様子で、僕の足に体をこすりつけて甘えた。
「幹彦、迷惑かけないようにな」
おじさんが言い、
「ちゃんと家事は分担させてね」
とおばさんが言い、
「合宿みたいで楽しそうでいいなあ。それに肉も。探索者かあ」
とお兄さんが言った。お兄さんは家の剣道場を継いでいるので、副業を考えているんだろうか。
まあ、これで実家にも何かあったらすぐに戻れるし、うちで同居を続けることも決まった。
「それはそうと、斎賀君も探索者になったそうだよ」
お兄さんが思い出したように言い、幹彦はピクリと動きを止めた。
「ふうん」
「お前ら昔から宿命のライバルとか言われてたけど、とうとう仕事でもぶつかり合う事になるとはなあ。本当に宿命だったのかなあ」
おじさんが笑いながら言う。
斎賀弓弦。同い年の男で、お爺さんが元気で武道を教えていた頃、別の道場に通っていたやつだ。幹彦と同じように強く、試合でも毎回張り合う事になり、周囲に「宿命のライバル」などと呼ばれていた。
確かに、探索者になってまでそうなるとは予想外ではあったけど、そこそこ強いやつなら探索者になってもおかしくないとも言える世の中だから、まあ、なるようにしてなったとも言える。
「その内ひょっこりどこかのダンジョンで会ったりしてな」
僕はそう言って笑いを浮かべた。
いい時間になり、そろそろ帰ると立ち上がった。
玄関まで見送られて歩き出そうとした時、たまたま散歩中の大型犬が通りかかった。
すると、大人を引きずりそうな大きさのいかにも怖そうなその犬は、チビを見ると、尻尾を巻き込んで怯えて後ずさり始めた。
ダンジョン研修の時も、猟犬達が皆こういう風に怯えていたのを思い出した。
「あらあ。どうしたのかしら」
逃げる犬に引きずられて行く飼い主を見ながらおばさんが呑気に首を傾げると、ニコニコしながらお兄さんはチビを見た。
「うん。何か、見かけ通りの子犬じゃないよな、チビって」
そして、真顔になってじっと観察する。
チビは「はっはっ」と舌を出して小首を傾げている。
僕も幹彦も、笑いながらも緊張していた。
「まあ、近いけど気を付けて帰りなさい。今日はご馳走様。ありがとう」
おじさんがニコニコとしてそう言い、僕達はお休みを言って歩き出した。
小声で、
「兄貴って昔から妙に鋭いんだよなあ」
と幹彦が言う。
「私は完璧に子犬を演じていたであろう?」
チビが言うので、僕も、
「うん。どこから見ても子犬だったよチビ。家に帰ったら戻っていいからな」
と言った。
「それより、斎賀ってあの斎賀だよな。いつもケンカ腰だったし、何でも張り合って来てたし、大丈夫だよな?」
「もうガキじゃねえんだぜ。大丈夫だって」
幹彦はそう言って笑ったが、嫌な予感は、すっかりとは消えなかった。
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