第57話 事件の終結
遺体を拭き清め、穴に丸めた綿を詰めて体液が出るのを抑え、服を着させてから、薄く化粧をする。それらをしたのはユリナさん達で、終わった後に遺体と対面すると、首の傷を覆うようにエスタさんの最後のプレゼントとなったスカーフが巻かれていた。まるで生きているのではないかという姿に領主とエスタは泣き崩れ、
「何で、振られたからって、何で殺すんだよう。俺を狙えばよかっただろう、ちくしょう!」
と叫んでエスタは遺体に取りすがり、その姿にユリナさんたちは静かに嗚咽を漏らした。
エインは小声で、悔しそうに言う。
「エスタ、本気だったんだ。でも身分が違うだろ?だから、何としても超一流の冒険者になるって。そうすれば準男爵扱いになって、あとは土下座でも日参でもして領主に認めてもらうんだって。それも、貴族のお嬢様だから結婚の話が来るはずだから、急がないとってさ」
「装備はともかく、自分の事には最低限しかお金も使わずにためてたよ。それで、超貧乏なかわいそうな人って思われてて、パン屋とか食堂とかでも気の毒がられてたんだ。それでも、いつかお嬢様に、花嫁のベールを贈るんだって。お嬢様もそれを楽しみにしてたんだよ。
それを、あいつが──!子爵の子供だからって、ちゃんと罪に問いますよね!?」
グレイが怒鳴るように言うのに、領主は睨むようにして答える。
「当然だ!許すものか!当然だとも!」
それでユリナが号泣し始め、皆が泣き出した。
遺族の泣く姿は何度も見て来たが、何度見ても胸が痛む。
僕達は部外者なのでそれ以上は遠慮する事にし、外へ出た。
祭りの騒ぎはまだ続いているが、先程までのようには楽しめないまま歩く。
そして広場で、精進落としだと黙ったままグラスに1杯だけ献杯し、別れた。
後日、葬儀が行われた。
こちらの風習では、新郎が新婦にベールを贈り、それを式の時に被るのだそうだ。エリスはエスタが最後に贈ったスカーフをベールのようにかぶり、花嫁衣装と同じ色のドレスをまとって棺に横たえられていた。
年の数だけ鐘が鳴らされるのを聞きながら、誰もがその鐘の音の少なさを嘆き、悲しんだ。
エスタも領主やエリスの兄も、眠るような彼女の姿を目に焼き付けようとするかのように真っ赤な目を見開いていた。
聞くところによると、犯人の親である子爵は、どうにかして自殺にするように求めたらしく、検視結果を疑ったらしい。まあ、この世界にその概念が無ければ、そうなる事もわかる。
しかし子爵は完全に、自分の子供──いや、自分の家柄に傷が付く事を避けるためにそう言い立てており、領主は後ろ盾になってくれているもっと上の貴族まで巻き込んで、きちんと決着を図ったそうだ。
加害者が貴族で被害者が平民ならば、無理矢理でも事故や自殺で片付けられることはおかしくないそうだ。被害者が格下の貴族の場合、脅しやちょっとしたエサで同じように幕引きを求められることが普通だそうだ。被害者が同等の貴族だと、話し合って政治的な取引をすることになるらしい。
まるで時代劇か何かの話を聞いているようだと僕も幹彦も溜め息が出たし、貴族にはなるべく関わらないでいようと心に決めた。
子爵の息子は、絶縁の上どこかに送られたと聞いたが、それがどういう所で、殺人に釣り合う罰かどうかはわからなかった。
ただ、翌日エスタは真っ赤な目を腫れあがらせてギルドへ現れ、空元気でも笑い、少しずつ普段の陽気さを取り戻し始めたので、よかったと思う事にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます