第35話 エルゼの家

 1軒目は、厩舎や離れはないものの、やたらときれいな建物だった。庭には花壇や蔓バラのアーチがあり、訊くと、子爵が愛人と彼女に産ませた子供を住まわせていた屋敷らしい。

 2軒目は賑やかな所にあり、似たような家が並ぶ下町の住宅街という感じの家だった。隣の家との壁は薄く、庭はないが狭い物干し場がついていた。これがごく普通の庶民向けの家らしい。

 3軒目は中心地からやや離れたところにある元は職人が住んでいた一軒家で、玄関側は庭が無いが、裏に12畳ほどの庭があり、敷地はぐるりと塀で囲まれていた。2階建てで少し手を入れれば良さそうなものだが、井戸が枯れているのでどこかに汲みに行くか魔術でどうにかするしかなく、キッチンも古いので敬遠されているらしい。

 僕と幹彦は向き合い、せえので言った。

「3番」

 職員は眉を下げた。

「水が出ませんよ?」

「大丈夫です」

 魔術があるし、そもそも、ここは出入りするための拠点だ。

「1軒目は広すぎるし立派過ぎるので却下だし、2軒目は隣との騒音問題が気になりますし、ここがいいです」

 幹彦はニコニコとして言った。

 職員は僕にも確認するようにこちらを見たので、僕もニコニコとして頷いた。

「気に入りました」

 職員は頷き、言った。

「わかりました。手直しなどの依頼もこちらでお受けしていますので、いつでもご相談ください」

 ここは賃貸ではなく買い取りで、板貨というもので150万ギス。

 これまでにチビが狩って来た魔物の魔石や素材や山ほどあるスライムの魔石で軽くその程度はあったので、問題もない。すぐに契約して代金を支払い、鍵を貰った。

「古いけどしっかりしてるし、いいじゃないか」

 幹彦が言いながら壁を軽く叩いた。

「リフォームしよう、幹彦」

 言いながら、中を改めて見て回る。

 2階建てで、玄関から入ってまっすぐ奥に廊下が伸び、土間づくりの広い作業場につながっている。廊下の右側には手前から螺旋階段、トイレ、洗い場。洗い場とは洗濯をするところのようで、湯船や水道のない風呂場といった雰囲気だった。左側には手前からリビングとキッチンがあり、キッチンには水瓶と時代劇で見るような竈があった。

 螺旋階段を上がれば1階の廊下の上に2階の廊下がある形で、作業場の天井が高いので、作業場の手前までしか2階は無く、廊下の左には2室、右には1室部屋があった。

「幹彦、どの部屋にする?」

「玄関側の部屋いいか?」

「いいよ。じゃあ、僕はその隣にしよう。階段の隣は、まあ、客間だな」

 そう決めると、何だかウキウキして来る。

 肝心の精霊樹の枝だが、丁度いい所があった。

 キッチンと作業場の間に幅2メートルほどの窪みのようなものがあった。ここに元は井戸があって、キッチンからも作業場からも楽に水が汲めるつくりになっていたらしい。今は井戸が枯れ、単なるデッドスペースだ。

 キッチン側にも作業場側にもドアが付いていて出入りできるし、2階の床部分が屋根になっているので雨の日でも困らなさそうだし、庭側は簡単な木の扉が付いているので外から見えない。

「ここで良さそうだが、狭くないか?」

 チビが大きくなってみると、幅2メートル奥行3メートルほどのそこに、僕と幹彦は立てない。

「いっそ、作業場の壁を取って庭側の木のドアを壁にして、作業場の一部にしてしまったらどうだ、史緒」

「そうだなあ。何か持ち帰るとかしても、その方が便利だろうな。

 あと、キッチンの竈は撤去しないか。誰かが家に来た時、全く使えないんじゃごまかしようもないぞ」

「そうだなあ。魔道具ってことで、卓上ガスコンロを持って来てもいいな」

「そうしようぜ」

「あと、ベッドがこっちのは嫌だ。布団も」

「誤魔化せる範囲で、どうにかしよう」

 僕達は真剣な顔で頷き合った。





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