第13話 ある追い詰められた男「人生のまさか」

 結婚式の時に上司がスピーチで言っていた。人生には3つの坂がある。上り坂と下り坂、そして、まさか、と。

 私は46歳、今まさに、人生のまさかのただ中に身を置いていた。

 真面目にコツコツ勉強をして、一流企業と称される会社に入社。やりがいはなくとも、安定した人生を送っていた。

 妻と大学生の息子と高校生の娘の4人家族。慎ましく平凡ながらも、平和な日常。

 それが、会社がまさかの倒産。私はこれと言った資格もなく、会社の代わりにハローワークに通う日々となったのである。

 これという求人はなく、あればそれは資格や年齢でひっかかり、焦りと恐怖と「まさか」という思いだけが頭を支配する。

 そんな中、私と同じような境遇にあった求人仲間が、起死回生の一手なるものをプレゼンしてきた。

 そう、それが探索者だった。

 ゲームみたいなダンジョンなるものが現実世界に現れ、恐怖と混乱が収まってみれば、それは夢のような恩恵をもたらしてくれるとわかった。

 ただしそれには危険も伴う。しかしその分、上手くやれば得られるものも大きい。

 環境問題の面からも、自国でエネルギーを調達するという観点からも、魔物を間引いておかないといけないという安全面からも、政府は探索者を至急一定数必要としており、そのためのサポートも手厚いと聞いた。

 税金の引き下げに、1期生については初の試みでもあることから、免許の講習会の費用も割安になるという。それに最初は武器や防具もレンタルできるという。

 もう後はない。私はこれに乗るしかなかった。


 講習会に集まったメンバーは、思った通り、若いやつらが多かった。やたらと自信と希望に溢れたやつらだ。

 次に目を引くのは、年配の人達だった。現役の猟師らしく、「プロ」という空気を漂わせている。

 その次に多いのが私達のような「やり直し」「起死回生」の中年だ。必死さや悲壮感や義務感が濃厚に漂っている。

 それらから離れた、珍しいコンビがいた。20代半ばほどの青年で、周川さんと麻生さん。2人共、妻や娘がテレビの前で私に向けた事の無い目を向けている俳優や歌手に似た顔立ちの、しゅっとした出で立ちをしている。

 余裕のようなものがあるが、物静かで大人しく真面目だ。学科の小テストも成績がいいし、体力もあり、武器ごとの訓練でも、驚く程腕が立つようだ。

 目立つのに、大抵2人だった。いや、いつも2人だから目立ったのか。

 ともあれ、私は失敗するわけにもいかない。息子がジョギングに付き合って応援してくれるのと毎日の妻の愛妻弁当を心の支えに訓練に励み、どうにかこうにか、仮免許まで到達する事ができた。

 なので今日は、実際にダンジョンを使っての研修だ。

 散々写真や録画映像で見てはいたが、やはり緊張する。

 習ってはいたが、目の前で実際に引率の自衛官が魔物を倒して行くのを見ると、衝撃を受けずにはいられない。しかも見学の後は、グループを組んで、自分達で魔物を倒し、その後は解体して魔石を取り出すところまでしなくてはならない。

 ケンカもした事が無い私は、誰かを殴った事も無い。ましてや、殺すなんてあり得ないはずの事だった。まさに、まさかの事態だ。

 しかし周川さんと麻生さんは落ち着き払い、笑顔さえ浮かべ、猟犬にするという飼い犬の白い子犬を構っていた。

 猟犬が見るからに強そうな犬ばかりではないとはわかっていたが、まさかそのかわいい小型犬か?

 猟師組を見ると、彼らの連れた猟犬は落ち着きなく、猟師の彼らは軽く戸惑っているようだった。

 やはり周川さんと麻生さんは、犬まで含めて特異だ。

 その後は各々ダンジョンへ入り、それどころではなかった。私は同じ「退職組」のメンバーと組んだが、見ていたのと、実際に魔物に向かうのとでは、全く違った。叫び、自分に気合を入れ、仲間を励まし、どうにかこうにか指定されたスライムとイヌとネズミとゴブリンを倒せた時には、膝も腰もガクガクだったが、やり遂げた感に笑顔を浮べ合った。

 そして、戻ろうかとしていた時だった。

 横の方に見えた小部屋に、大きな、少し違ったゴブリンがいるのが見えた。

 まさか、たまに見かけるという上位種か!?

 考え、皆に知らせようかと思った時には、小さな白い影が小部屋に飛び込んでいた。周川さんと麻生さんの連れていた、白いかわいい子犬だ。

 だめだ、殺されてしまう。敵うわけがない。そう思った私は目を疑った。その子犬は一瞬で犬とは思えないほどに大きくなって上位種の喉首に食らいつき、噛みちぎって見せたのだ!

 まさか!

 しかし確認しようとした瞬間には元の姿になり、遅れて来た周川さんと麻生さんに尻尾を振って甘えていたのだ。

 どういう事だ?わからない。

「どうした?」

「ああ、いや」

 私は何も気付いていないほかのメンバーと一緒に、ダンジョン入り口へと向かって戻り始めた。

 人生には、何とたくさんの「まさか」があるのだろうと考えながら。






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