第12話

「なあ、そもそもの話、冷泉さんの監視を外すことはできないのか?」


 ある日、智也がふと思いついたように言った。


「それができたら苦労しないって。俺は今7股の罰を受けて監視されてるんだ。彼女達にボコボコにされても父さんは許してくれなかったし、不可能だと思う」


 体中に残る青あざがズキズキと痛んだ気がした。


「そうか……。まあ今の状況を見ると改めてお前のお父さんの判断は正しいと思うよ」


 智也はトイレに籠ってまで作戦会議をする現状を再認識しながら呆れ笑い混じりに言った。


「あ、でももしかしたら」


「なんかあんのか?」


「いや、もし俺がすげえ良い成績でもとったら父さんも少しは反省したと思ってくれるかも」


 元はと言えば成績が落ちたことが原因で冷泉の調査が入って、7股がばれたのだ。つまり根本的に父さんが求めているのは学業の成績。

さすがに何股もするのはもう不可能だろうが、上手くいけば冷泉の監視を緩めるようにしてくれたり、あるいは一人との交際は許してくれるかもしれない。


「まあそれは一理あるかも。前に話聞いた限り、やっぱり勉強を疎かにして恋愛していたから怒られたって線もあるしな。

7股はその結果掘り下げた副産物にすぎないし、勉強をしっかりやれば普通に付き合うくらいは許してくれるかもな」


「やっぱりそうだよな。うん、次のテストっていつだっけ?」


「確か来月に全国共通テストみたいなのあるって担任が言ってなかったっけ?」


「来月か……」


 勇介の思考がフル回転する。

 勇介の頭の中では既に今日からの勉強スケジュールが構築されつつあった。


「いけるっ!」


 自称IQ200の勇介の頭脳がそうはじき出した。全国一位をとるビジョン、そしてその後顔も知らない誰かと手を繋いで歩いている様までありありと想像できていた。


「早速今日父さんに掛け合ってみる」


「おお、頑張れよ」


 智也はこれでしばらくの間は休み時間をトイレ以外で過ごせる、と内心とてもホッとしていた。




 その日の夜、勇介は父の書斎を訪れた。最近は珍しく父は家にいることが多い。


「入れ」


 ノックをするとすぐに中から父の声が聞こえてくる。


「失礼します、父さん」


「おお勇介、どうした」


「父さん、折り入って話があります」


「なんだ、どうした」


 勇介の真剣な表情に、視線を手元の資料から勇介に移した。


「今度の全国テスト、俺が全国1位をとったら高校での恋愛禁止を解除してください」


「それは」


「分かっています。俺自身の過ちでこうなっていることは。深く反省しています。けれど、恋愛自体は間違ったことではありません。俺は間違えてしまったけれど、恋愛自体はいつも正しいもののはずです」


 勇介は父の否定的な言葉を遮るように授業中に考えてきた持論を父にぶつけた。素早く息継ぎをしてまくしたてるように、父に反撃の隙を与えずに攻撃し続ける。


「父さんだってそうでしょ?母さんと出会って、恋をした。俺だって、父さんにとっての母さんみたいな人と出会えるかもしれない。そしてそれは今日かもしれないし、明日かもしれない。でももしそんな人に出会えても、今の状態ではその人を愛することができない。仮に向こうが俺に気持ちを向けてくれても、俺は気持ちに答えることができません。そんなの、相手に失礼ではありませんか?」


「いやしかし」


「分かります。父さんの言いたいことは。俺は沢山の女の子たちに失礼を働いた。だから今恋愛禁止という罰を受けている。けれどもし、もし高校生活の間に運命の人が現れたら。その人が山のような膨大な愛情を注いでくれても、俺は恋愛禁止という鎖のせいで答えることができない。それは失礼なことではないのでしょうか」


「いやだから」


「けれど!もちろん何の償いもせずに恋愛禁止を解いてくれなんて虫のいいことは言いません。だから条件を付けたいのです。全国1位。これをとった暁には恋愛禁止の解除をお願いします。もちろん解除されても、もう相手を泣かせるような恋はしません。ただ一人だけを見つめ続けると誓います。どうかお願いします」


 勇介は演説を終えると同時に勢いよく頭を下げた。怒涛の勇介の屁理屈言葉攻めに、父はため息をついた。


「はあ、分かったよ」


「本当ですか?」


 勇介が笑顔で顔を上げる。


「ああ。ただし全国1位が条件だ。それは絶対に変えないからな」


「はい!ありがとうございます!」


 勇介は父の書斎を飛び出した。小走りで長い廊下を走り、部屋に入ると大きくガッツポーズをした。まずは第一段階だ。そう心で呟いて、早速机に向かった。


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