この日々が続くまで
@kishiya_wani
第1話 6月17日
玄関のチャイムが鳴ったのは、ちょうど生ごみの袋を持ち上げた時だった。
7時25分、こんな時間に荷物だろうか。靴をはだしで踏んで丸い小さな窓を覗く。
アパートの廊下に、死んだはずの友人が立っていた。
長谷川理子、彼女はこの前車の事故で死んでいた。焼いた後の骨も見た。何が起こっているかは察しがついた。
「戻ってきました」
扉を開けると、てへへとわらってそう言い、入っていいかと尋ねた。理子がそこにいた。動いている。
私達は一緒にここに住んでいる。断る理由はなかった。
「どうぞ、」
彼女は靴を脱ぐといつも通りに玄関の端にそろえ、当然に座椅子におさまった。私も机をはさんだソファーに腰掛ける。
「ちょっと待って」
口を開こうとする彼女を手で制し、一度こめかみをぐぐと押した。
「アンドロイドってことだよね」
「そう」
「理子が作ったんだよね」
「そう」
彼女はうなずいて、ごそごそとしてから私に水色の封筒を渡した。見たことある会社のロゴが印刷されている。理子が働いている研究所の関連会社だ。
今の時代、アンドロイド自体それほど珍しいものではない。物心ついたころにはそこら中にいた。しかし理子がよこした彼女のように、死んだ人間のコピーや生きている人間のコピーはまだ私の身近にはいなかった。
今日は理子の四十九日だった。これは無宗教な彼女のジョークだろう。
こちらを見守る彼女の前で封筒を開けると、手書きで「奏多へ」と書いてある紙が入っていた。アンドロイドのログにアクセスできる手順が書いてある。これは理子が開発者だから見られるものだろう。さらにパスワード在中と書かれた小さな封筒があった。ログの読み方は多少大学でやったから見れば多分わかる。
「ちょっと待ってよ」
今一度待たせている彼女を止める。
あいつ遺言もなしか、と思いつつ目の前の彼女がそれのつもりなんだろうと思った。
「なんて、呼べばいい」
これは、それぞれにとって、何が地雷なのか分からないな。
彼女は一瞬だけ止まってから、奏多の好きなように、と丁寧に言った。理子の声で自分の名前が耳に入る。
言葉を出す前に頭で回覧する。
「どれくらい理子なの?」
「全部」
そう言って微笑んだ。
全部ってことは全部なんだろう。
「リコって呼ぶよ」
リコはうれしそうな緩むような表情をして、ありがとう、と軽く頭を下げた。理子の姿で気を使っているようだった。
「部屋はそのまま?」
自分の部屋を覗きながらリコが言う。
「触ってないよ」
2LDKのこのアパートにはそれぞれの部屋があった。理子の部屋には買ったばかりのキャンバスが、袋のままで放置されている。
ものを作るのが好きで、美術部だった彼女は絵を描くのが趣味だった。
「記憶はあるの?」
見慣れた慣れない背中に聞く。
「あるよ。 欠けてる部分も多いけど、ここ数年はいつも書いてた」
そういえば毎日熱心にPCになにか打ち込んでいた。日記と言っていたがこれだったのか。
「燃えるごみの回収が7時30分だったのも知ってる」
玄関で袋が香ってる。
「言ってよ」
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