第24話 学生寮

 

 時計を見るまでもない。売店には人がまばらで、多くの人達にとって既に昼食を食べ終えた時間であることを悟る。陳列棚には1つも調理パンが残っていない。仕方がないので、製薬会社が作る栄養補助食品を買うことにした。

 意気揚々と部室を飛び出し、早速学生寮に向かおうとしたのだが、少し時間をずらすことにした。3限開始直前だと、部屋から教室へ急ぐ学生に姿を見られることになる。別に怪しまれたくないとかではない、単に人見知りなだけである。

 そろそろ良い頃合いだと思い、昼飯を片手に目的地へ向かって歩き出す。あ、これ飲み物無いと口の中パッサパサになるわ。

 学生寮はキャンパスの南東に位置していたはずだ。このキャンパスは、周囲がぐるりと木々に囲まれているが、南側は特に分厚い森が鎮座している。ここからじゃ、寮の姿を捉えることができない。

 

「バカ傘、そろそろ起きろよ」

「うるせぇ、とっくに覚めてるわ」

「おい優太、お前、相手が使役者だったらどうするつもりだ?」

 

 バカ傘の問いにハッとする。そうか、野良のつくもがみしか今まで相手にしてこなかったが、もしかしたら俺達のような存在に鉢合わせる可能性があるのか。

 

「そうだな、多少は話をしてみるかな。いつも話の通じない化物ばっかりだから」

「そんなもんは、ボコってからでも聞ける。まずは無力化しろ」

 

 そのやり方はあまりに道徳心がないのではないか。そもそも、防戦一方に定評がある俺等じゃ、人だろうがつくもがみだろうがダメージを与えるのは厳しい。

 

「ほら、着いたぞ」

「なんか雰囲気暗いな。淀んでる」

 

 つくもがみに言われちゃ世話ないが、確かにそう感じる。森が太陽を遮っているからなのだろうか、3階建てのその建物からは、人の営みを感じることができない。廃墟と言われても、信じてしまう人はいるかもしれない。

 

「入りづらいなぁ……」

 

 部外者は入ってくるな! という拒絶心を感じる。しかしここで引き返すわけにはいかない。慎重に、かつ大胆に、共用玄関へ足を踏み入れる。

 下駄箱が壁際にずらりと並んでいる。空きっぱなしだったり、そもそも扉が外れていたり、のっけから不穏だ。

 たとえ鍵が開きっぱなしでも、流石に個人の部屋には入る訳にはいかない。とりあえず共用部分をざっと見回って、手掛かりを探してみることにした。まあ、何も無いとは思うが。下見のつもりで気楽に行こう。

 

「ここは……洗濯室ねー」

「隣は……おぉ、漫画とかある」

 

 多目的室と書かれたこの部屋は、10畳ほどの大きさにテレビやら漫画やらこたつやらが雑に置かれている。寮生で集まってここで遊んでいるんだろう。

 1階、2階3階と、同じ構造が続く。俺が立ち入れそうな所はもう無さそうだ。それにしてもここはとにかく整理整頓がされていなく汚い。洗濯室は誰のだが分からない衣服が散らばっているし、廊下はダンボールやら雑誌やらが積まれ、はたまた自転車まで置かれている。廊下を物置き場だと思ってるな、ここの連中は。

 

「おい優太、足音聞こえるぞ。向こうから人が来る」

「そうか。バカ傘、動きまくれ。大声も出していいぞ」

 

 もしそいつが使役者なら、少しはびっくりするはずだ。予想通り、人がこちらへ歩いてくる。俺らの方に階段があるので、きっと外へ出掛けようとするところだろう。一応、俺は物陰に隠れて姿を見られないようにする。

 

「いえーーい! バーカバーカ!」

 

 なんと頭の悪い叫びだろうか。どちらかといえば、馬鹿はお前である。

 それにしてもこの学生、周囲をキョロキョロと見回して落ち着かない様子だ。中々こちらに向かって来ないと思ったら、とある一室の玄関前で足を止めた。この様子だと、バカ傘のことは見えてないみたいだな。

 

「なんだぁ? あいつ」

 

 バカ傘の言葉には返答しない。この距離では小声でも居場所がばれそうだ。

 するとその学生はポケットから何かを取り出し、中腰になり玄関の鍵穴に手を伸ばす。……泥棒!?

 

「ちょちょちょ、ちょいちょいちょい!? え!? 君、何してんの?」

 

 思わず声を上げ、姿を堂々と見せてしまう。

 

「うわぁぁ! す、すいません!!」

 

 学生はふらつきながら、足早にその場を離れようとする。間違いなくやましいことをする瞬間だったに違いない。鍵穴に目をやると、何かが張り付いている。……これ、ガム?

 

「ま、待ちなさい!」

 

 流石に見逃すわけにはいかない。せめてこのべっとり付着した物体は取り除いてもらわないと。逃げようとする彼の腕をガッと掴んで、振り払われないようにしっかり力を入れる。

 

「違うんです! ガムが……噛んでたガムが飛び出しちゃって……」

「嘘つけ! 見てたんだよずっと!」

 

 彼の目線は動き回って止まらない。呼吸も荒くなって、ゲホゲホ咳まで止まらなくなり、飛沫を撒き散らす。いや……いくらなんでも焦りすぎだろ。

 諦めたのか、掴んでいた腕を離しても、彼は逃げ出さなかった。俺はとりあえずこれを取るように促す。

 

「ヒグっ……ごめなさいぃ……」

 

 一体何のためにこんなことをしたのか、ガムじゃ鍵は開かないだろうに。彼は目を腫らしながら、ガムを剥がそうと爪を立てる。

 そういえばこの扉の先に、ここの住人はいるのだろうか。これだけ目の前で騒いでいるのに、特に反応がないということは外出中とは思うが。俺は一応扉に耳を近づける。

 

 ガタゴト……ガタガタ……

 

 何か音するな。やっぱりいるのかな? 向こうも聞き耳を立てていたら笑えるが、どうにも気配が感じられない。

 その時、ガタン、とドアノブが上下した。 

 

「うわぁぁ! ヒ、ヒィ!」

「お、おい黙れバカ」

 

 間違いない、誰か居るんだ。こいつには悪いが、こうなれば正直に事情を説明したほうが良いだろう。

 俺が扉をノックしようと近づいた時、再びドアノブが下がり、内開きの扉が強風に煽られたかのように開いた。

 実際に室内から風が吹き荒れるのを感じる。突然のことに目を細めてしまったが、

 

「優太! 前!」

 

 とバカ傘の大声に反応して、すぐさま瞼をかっぴらく。

 視界に飛び込んできたのは円形の何かだ。それは自転しながら部屋から俺へ向かって突撃してくる。

 

「アブね!」

 

 頭を下げて、その物体との激突を回避する。俺はバカ傘の居る位置まで戻り、おそらく今まで俺達が探していたであろう手掛かり、その姿を観察する。

 

「あれって、扇風機の、上の部分だけ?」

「説明不要だろうが、つくもがみだな」

 

 ガードの付いた扇風機の羽を、まるでヘリコプターのプロペラのように回転させ、宙に浮かんでいるようだ。その姿は、ヘリコプターっていうよりは蜂に近いかもしれない。

 

「拡張仕様は……風だろうな。バカ傘! ぶっ飛ばされんなよ!」

 

 あの部屋に何故つくもがみが居たのか、それはこのあと住人を見つけ出して問いただせばいい。おそらくそいつが今回の件の原因で、場合によっちゃ使役者かもしれない。今はとにかくこのつくもがみを行動不能にしなければ。

 つくもがみが再びこちらへ飛来してくる。すると、羽の回転が一瞬止まり、すぐさま逆回転を開始した。

 何故内開きの扉が開いたのか、もっと考えとけばよかった。

 

「うおぉぉ……! 引き寄せられるぅーー」

 

 風の吹き荒れる方向が逆に変化した為、俺達はつくもがみにみるみる接近していく。足の親指に必死に力を込めて耐えようとするが、どうにも限界があるようで、踏みとどまることは出来ない。このままつくもがみと望まないフェイス・トゥ・フェイスを強いられ、あの羽の回転に巻き込まれれば、おそらく無事では済まないだろう。

 

「糞が! これだからつくもがみは嫌なんだ!」

 

 バカ傘が悪態をつく。傘を逆側に向けて風を遮りたいが、それをすると今度はつくもがみに対して無防備になってしまう。中々難しい選択を迫られているな。

 

「てかそもそも、俺等じゃあいつを倒せなくね?」

「そんなのいつものことだろうが!」

 

 使役者がいた方が俺達にとってはやりやすかったかもしれない。野良のつくもがみはどうも苦手だ。

 ……ちょっと賭けかもしれないが、ジリ貧の今よりはマシかな。

 

「バカ傘? あの回転、止められるか?」

「あぁ!? そりゃつまり、そういうことか!?」

 

 困惑するバカ傘に、俺の考えを伝える。心底嫌そうな溜息を漏らしたが、

 

「その代わり、躊躇すんなよ! 一発で成功しねーとまじできついぞ!」

 

 と、一応承諾してくれたみたいだ。一発で成功出来るかは保証はしかねるので、返事はせず笑顔をお返しする。

「多分大体何でも防ぐ」、というバカ傘の拡張仕様なら、きっと実現できるはずだ。信じてるよ。 

 

「誰が躊躇するかよ」

 

 遠慮なく、やらせて貰います。

 

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